ピコ太郎のPPAPが世界を席巻したのは5年前。その仲間かのようなこのローマ字は、あんな平和で愉快なものではない。
BPPVは「良性発作性頭位めまい症」の略。
天地がひっくりかえって、地上にいながら溺死に至るまでの疑似体験が味わえるという、非常に苦痛で不快な現象を指す。
このBPPVによる強烈な吐き気に見舞われたせいで、食欲などどこかへ行ってしまった。
よりによって、こんなオチで暴飲暴食の帳尻が合ってしまうとはーー。
*
BPPVの発作が起きたのはこれで2回目。そして何の因果か、初回も土曜日のスパーリング中だった。
前回同様、下から攻めようとひっくり返っていたら突然溺れかけたのだが、さすがに同じ手を2度はくらわない。
コンバットベース=安定した姿勢をとりながら、スパーリングの相手に
「10秒待って」
と必死の笑顔でウインク。相手はオエッという顔をしたが、そこはスルー。
ここでふと、一つの実験を思いついた。
前回、下のポジションで耐えていればいずれ助かる、ということを確認したわけだが、仮に上のポジションで溺れかけたらどうすればいいのだろう。
この結果を知るために、わたしは敢えて過酷なシチュエーションでスパーリングを続行した。相手にも、
「発作が起きても遠慮なく続けて」
と念押しをして、スタート。
始まってすぐに濁流がわたしを襲った。正座をしているにもかかわらず、頭からマットに叩きつけられる感覚だ。目を閉じ、頭をやや左に傾け、じっと耐える。
た、耐えるーー。
(やばい、吐きそうだ)
安心してください。わたしは記憶上、一度たりとも嘔吐したことはありませんから。
歯を食いしばり、マットにベタッと座り、襟や袖をつかまれてガクンガクンと揺さぶられ(煽られ)ながらも、わたしは耐えた。
ーー何に耐えたか?
溺死体験と嘔吐寸前の、悶絶躄地(もんぜつびゃくち)の苦しみに耐えた。
ここで分かったことが一つ。
めまいは、頭を静止させた状態でしばらくすると治まる。だが、スパーリング中は相手もわたしを揺さぶり続けるため、むしろ頭を盛大にシェイクされる。
そして頭を静止させたくても相手の攻撃は止まらない。当たり前だ。わたしの動きが止まれば「チャンス!」とばかりにユッサユッサと揺すって(煽って)くるからだ。
かといって相手から離れようものなら、天地がひっくりかえって倒れてしまう。今は相手にしがみついていることで、なんとか姿勢を保てているにすぎない。
柔術は相手の身体か道着に触れていなければ、座ること、すなわち下のポジションを取ることはできない。
勝手に座ればすぐさま「立たされる」ので、めまいが治まっていなければわたしはコテンと倒れるだろう。
「ちょっと、あんま揺すらないでくれる?」
と言いたい気持ちをグッと堪(こら)えて、ついでにめまいと吐き気も堪えて、ゾンビと化したわたしは必死に相手にしがみつきながら、およそ2分かけてノロノロとマウントポジション(相手に馬乗り)までよじ登った。
マウントポジションを取ったからといって安心はできない。なぜなら下を向くとめまいが襲ってくるため、馬乗りになりながらも姿勢よく正面を見据えていなければならない。
「貴婦人の乗馬」スタイルのわたしは、下敷きの馬がジタバタと暴れるたびにバランスを崩し、遠くへ飛ばされそうになる。
それをなんとか脚力で凌ぎ馬乗りをキープする。そして、たまに遠くへ飛ばされては両手でマットを這って戻る。
ーーそんな不毛な動作を繰り返すうちに、5分を知らせるタイマーが鳴った。
(なるほど、こういうことか)
何が分かったかというと、上のポジション、つまり相手を見下ろすポジションでは、めまいを追いやることはできない。
なぜなら下にいる相手は暴れるし、襟をつかんでユサユサしてくるから。
しかし下のポジションで相手を見上げる体勢ならば、自分の頭をある程度静止させられる。
なぜなら相手は、寝ているわたしの襟を掴んでまでユサユサしないから。したとすればそれは「カツアゲ」の状況になる。
*
BPPVについてネット検索をすると、どの専門家も「じっとするな」とおっしゃる。
めまいの原因は、耳石(炭酸カルシウムの塊)が剥がれ落ちて三半規管に入り込むことで、三半規管にたまったリンパ液がビビッて、もしくは怒り狂って「めまい」を生じさせるらしい。
治療法としては、頭を特定の順番・方向に動かすことで、三半規管に入り込んだ耳石を体外へ排出する方法が有効とのこと。
この「荒ぶる神」を鎮めるためにも、とりあえず耳鼻咽喉科へ行くとしよう。
Illustrated by 希鳳
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