走れセコム   URABE/著

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おれは61歳の元巡査部長だ。長いこと警察官としてこの地域を守ってきたが、昨年、定年退職と同時に大手警備保障会社へ再就職した。

 

時代はずいぶんと変わったもので、少子化の影響をモロにくらった地方公務員の採用は減り、警察官の人数も足りなくなった。

そのため、一部の警備保障会社で働く警備員にも、拳銃の所持が許可されるようになったのだ。無論、元警察官や元自衛官といった、銃を扱ったことのある人間に限った話だが。

 

まぁ、拳銃など使わないで済むならそれにこしたことはないーー。

 

そんなことを思いながら待機していたとき、一本の通報が入った。

「息子が暴れているのですぐに来てください!」

狼狽した女性の声だ。突然の緊急事態に待機所の空気が凍る。おれは早速、新米警備員を連れて現場へと向かった。

 

 

現場へ到着すると、通報者と見られる年配の女性が震えながら地面にうずくまっている。その脇から40代くらいの男がヌッと現れた。

「刺してやろうか?」

包丁をゆらしながら男が近づいてくる。我々は二手に分かれて停止を警告する。しかしそんな言葉は耳に入らない様子で、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

(こいつはヤバイな)

 

長年のカンてやつだ。

この男自身に悪意はないかもしれない、つまり精神的な病を患っている可能性がある。だが、包丁を振りかざすとなれば穏やかではない。

 

おれは男に向かって警告した。

「止まらないと撃つぞ」

それでも男は歩みを止めない。背後には近所の住人らが見える。ここで発砲するのは危険だ。

 

学生時代、おれは柔道で腕を鳴らした過去がある。そして今はブラジリアン柔術を学んでいる。柔術を始めて3年、先日、紫帯をいただいたところだ。

ここはイチかバチかで、刃物を持った腕ごとアームドラッグをかますしかない。バックを取れなくても、右腕さえ押さえられればこちらに分がある。

 

ふと、師匠の顔が浮かんだ。

先生、日ごろの練習の成果を見せてやりますよーー。

 

深く深呼吸をすると、おれは男めがけて突進した。

 

ーーグサッ

 

おれは見事に背中を刺された。

フェイントが下手だったのだろうか、待ち構えていたかのように男は腕を後ろに引き、交わされた勢いでおれは思わずつまずいた。

そして地面に四つん這いとなった丸腰の背中を、男はめった刺しにした。

 

救急車で運ばれるも、出血多量でおれはこの世を去った。

 

 

ーー時を戻そう。

やはり刃物を持っている男相手に素手で対応するのは難しい。柔術黒帯ならまだしも、おれは紫帯になったばかりのペーペーだ。

そもそも包丁を突き付けられた状態で組み合えば、十中八九刺される。ましてやおれは還暦を過ぎたおっさんだ、認めたくはないが。

 

気を取り直して、威嚇射撃だ。

まずは発砲を警告した。それでも男はにじり寄ってくる。この男は精神的に問題があるため、上空へぶちかましても無駄だろう。

厄介なことに、ここは住宅街で野次馬が押し寄せている。むやみやたらに壁や道路への威嚇射撃はできない。

 

ーーとりあえず男の足元狙いで一発いってみよう。

 

久々の射撃だ。セーフティー(安全ゴム)を解除し、足元に狙いを定める。自分でも震えているのがわかる。

その間も男はゆっくり、確実に近づいてくる。

(たのむ、止まってくれ)

祈る思いでおれは引き金を引いた。

 

ーーパンッ

 

キャーーー!!!

ものすごい悲鳴が聞こえる。男はなおもこちらへ向かって前進をつづける。

悲鳴の方へ目をやると、一人の女性が血を流して倒れているではないか。どうやら地面で跳ねた弾が流れて、野次馬の女性に当たってしまったのだ。

 

「××さん危ない!」

呆然と立ち尽くすおれに、新米警備員が叫ぶ。しかし時すでに遅し、おれは男にめった刺しにされ、病院に運ばれるも死亡した。

 

 

ーー時を戻そう。

結局のところ威嚇射撃が難しい状況なわけで、男に確実に当てる以外、被害者ゼロで制圧する方法はない。

とはいえ水平射撃は、流れ弾が他の人間に当たる恐れがあり危険。やはり下半身へ確実に一発、男の負傷も軽度で済ませたい。

 

ーー最後に拳銃を握ったのはいつだろう。

 

現役時代、年に一度の射撃訓練で撃って以来か。

おれが若いころ使っていた拳銃は、シングルアクションの「ニューナンブ」だった。だが今ではダブルアクションの「サクラ」に変わりつつある。

ダブルアクションはトリガーが重い分、ガク引きのリスクがある。つまり、より一層の訓練が必要なのだ。

 

そういえば定年後、射撃訓練などしていないーー。

 

いやいや、弱気になってどうする。元警察官の威信にかけて、必ずや成功させなければ。

 

そうこうするうちに、刃物男はもう目の前に迫っている。緊張と焦りで心臓が破裂しそうだ。

おれは腰につけたホルスターから拳銃を取り出し、安全ゴムを押し外す。引き金を引けばそれで終わりだ。

 

男との距離、5メートル。発狂しそうになる自分と戦いながら、男の下半身めがけて引き金を引いた。

 

ーーパンッ

 

乾いた発砲音とともに男がドサッと崩れ落ちる。

が、なんと胸から出血しているではないか。

 

(しまった、ガク引きしたのか・・)

 

その瞬間のことをおれは覚えていない。だが少なくとも下半身めがけて放った銃弾が、上半身に当たるなど考えられない。水平射撃が危険なことくらい百も承知だからだ。

どう言い訳しようが、胸から血を流し目の前で横たわっている刃物男こそが、何よりの現実だ。

 

ーーおれは人を殺(あや)めてしまった。

 

自分の命、仲間の命、そして地域住民の命を守るために最善を尽くすつもりだった。

しかし最後の最後でガク引きをしてしまうなど、末代までの恥だ。

 

おれは無意識に走り出した。

どこか遠くへ走り去りたいーー。

 

 

以上は、友人が適当に付けたタイトルから小説を作り上げる「第2弾」だ。

 

自分は武器を使わずに、刃物を持った相手と戦うならば、一度は斬られる覚悟で懐へ入る必要があるだろう。

今成ロールやスライディングタックルを駆使すれば別かもしれないが。

 

 

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