電車やバスといった公共交通機関で、移動中に困るのは電話がかかってきた時だ。
わりと無神経な私でさえも、他人が大声でどうでもいい話をしていたら、あまりいい気分ではない。ましてや電車やバスといった閉鎖された空間であればなおさらだろう。
それゆえ車内で自分に着信があると、イライラするしソワソワする。友人ならば電話よりSNSで連絡を取り合うことが多いが、仕事、とくに役所は間違いなく電話でかかってくるからだ。
役所からの電話で困るのは、営業時間が限られていることと、留守電ナシの不在着信へ折り返すと、誰が私へ架電したのか分からないこと。
営業時間はいわずもがな、午前8時30分から午後5時15分。一秒でも遅れれば翌日以降へお預けとなる。
また、役所関係からの着信はすべて番号を登録している私。なぜならチャンスを逃したくないからだ。「チャンス」とは利益を手に入れるという意味ではなく、トラブルを一瞬でも先延ばししたくないという意味。
(基本的に知らない番号はスルーなので)
そして、不在着信があればすぐさまかけ直すのだが、年金事務所もハローワークも「代表」につながってしまうため、要件として考えられる案件が複数あると、担当者までたどり着かないことが多々ある。
「誰がかけたのか分からないので、またかかってくるのをお待ち下さい」
などと言われて終わる。
こういったことからも、殊に仕事の電話はすぐに対応したい。切なる要望としては、電話ではなくメールやSNSで対応してもらいたいのだが、まぁ無理なのでそこは我慢。
だが電車やバスの中で電話になど出れば、犯罪者を見るかのような鋭い視線が突き刺さるわけで、チキンハートかつマナーを重んじる私には無理だ。
しかしこれがオフィスならばどうか。
大前提として「仕事の電話」だが、流れで世間話やバカ話が聞こえてきても特に何も思わない。
知り合いの会話だからか?
赤の他人の会話にはイラつくのか?
前職のスポーツ新聞社で勤務していたときなど、「レース課」という特性もあり、人間の会話など比にならないほど騒々しい音がデフォルトだった。あるテレビからはファンファーレが、あるモニターからは鐘の音(ジャン)が、あるパソコンからはエンジン音が常に発せられていた。
それでもイライラしなかったのは、そういう環境が当たり前だったからだろう。それが仕事だし、そこに文句を言う人も不快感を覚える人もいなかった。
*
私はいま、新幹線に乗っている。
新幹線が素晴らしいのは、電源を確保できることだ。この移動時間と空間を惜しみなく仕事の時間に充てられるという点で、最高の移動手段といえる。
かつ、電話がかかってきてもデッキに移動すれば通話できる。冷たい視線にさらされず会話ができるのは、新幹線かタクシーくらいだろう。
さらに新幹線内はWi-Fiも完備されており、トンネルに入ろうが何しようが、インターネット環境に影響はない。
そして防犯の観点からも新幹線はオススメだ。仮に盗難や犯罪にあっても犯人を逃がすことがない。次の駅までの間隔が長く、窓から飛び降りることもできないため、確実に取り押さえることができる。
極め付けは車内販売。飲み物、弁当、お菓子、お土産まで売っている。
とそこへ車内販売が来た、販売員はお兄ちゃんだ。
(あれ?どこかで見たような・・)
一瞬、友人に見えた彼を二度見してしまった。すると笑顔でこちらへ近づき、
「何にしましょう?」
とワゴンを停める。
何か買わざるをえない状況の私は、とりあえずキンキンに冷えたアイスクリームと、舌がやけどするほどに熱いホットコーヒーを購入。贅沢にもこれで「アフォガード」が堪能できる。
販売員のお兄ちゃんにそっくりな友人に、
「じーっと見てたらアイス買わされた」
とLINEしてやった。すると、
「いやいや、自ら勝手に買っただろ」
と、冷たくあしらわれる。
ーーこれも旅の醍醐味というやつか
アイスをふた口ほど食べたとき着信がきた。顧問先からだ。
アイスとコーヒーをそのままに、デッキへと移動する。
そして50分が経過した。
ほぼデッキで立ったまま、仕事のトラブルの話を聞きながら、アイスは溶けコーヒーは冷めた頃に目的地である下車駅へ着いた。
新幹線の滞在時間およそ一時間、そのうち9割を立ったまますごした。
パソコンで優雅に作業をするため、わざわざグリーン車にした意味はあったのだろうか。
スマホを充電しようとコンセントへ挿しっぱなしのケーブルは、私のスマホへ1秒も電力を送ることなく引き抜かれた。
電車やバス、飛行機では味わえない「通話」という行為を体験できただけでも、良かったと喜ぶべきなのだろうか。
複雑な気持ちで新幹線を降りる。
Illustrated by 希鳳
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