捨てる紙あれど拾う神なし URABE/著

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俺はブラック企業に勤める社畜だ。我が社は最低賃金や社会保険などとは縁遠く、ブラックを代表する組織だと自負する。そして50歳をとうに過ぎた俺だが、年下の社長からは犬猫のごとく蔑視され、同僚からは「出木な杉さん」などと陰口を叩かれる日々。

さすがに否定したいところだが、じゃあ一体なにができるのかと聞かれても、これといって答えられる仕事がない。

 

若いころは営業にも出ていたが、今となっては波平ほどのわずかな頭髪に脂ぎったブサイクヅラの中年。そんなジジイが取引先でヘコヘコ愛想笑いを振りまいたとて気持ち悪がられるだけだ。

では書類作成ができるのかといえば、ワードもエクセルもろくに扱えない。ならば電話番くらいはできるだろうといわれても、焦りと緊張から吃音がひどくなり相手を怒らせる始末。

 

思えば同期は全員、とっくの昔に転職してしまった。地方の名もない私立大学を出た俺は就職浪人をし、567社目にしてようやく内定を掴んだのが今の会社。本能的に「ここを辞めたら生活保護しかない」と勘づいているため、何が何でも辞めるわけにはいかないのだ。

 

プライベートも極めて凡庸(ぼんよう)。結婚したこともなければ恋人もおらず、田舎の両親はボケてしまい俺のことなど分からない。妹が一人いるがあいつは昔から世渡り上手で、結婚相手も一流企業のエリートを捕まえて順風満帆な人生を歩んでいる。

ただ一つだけ許せないのは、結婚式に俺を呼ばなかったことだ。

「お兄ちゃんみたいな恥ずかしい人が、身内にいるって思われたくない」

そうハッキリ言われたときには驚いたが、あいつらしいと妙に納得した。まぁ好きにすればいい、俺の人生じゃないし。

 

そういえば最近、飼っていたカタツムリが死んだ。わずか一年弱でこの世を去ったが、俺のような社畜人生を送るくらいならさっさと死んだ方がマシかもしれない。

いや待てよ、考えようによっては俺がカタツムリに見切りをつけられたのかもしれない。

 

しかし、思い返せば半世紀以上を生きてきたが、この世で俺が必要とされることは一度もなかった。まぁこの先もないだろうし、それはそれで責任を感じずに済むからいい。こうして、誰にでもできる仕事を適当にこなしていれば、あと10年はこの会社で過ごすことができる。

ある意味楽勝な人生だ。

 

そしていよいよ定年退職を迎えたら、大手を振って生活保護の申請に行ってやる。いいんだ、社会的弱者の俺がここまで頑張ってきたのだから、65歳を超えたらそのくらいの贅沢をしたってバチは当たらない。そのためにも今は静かに存在感を消して、無難に毎日をやり過ごすだけなのだ。

 

そんな俺にむかって今日、珍しくストレス(仕事)が襲いかかってきた。

コロナ禍で休業した期間の給料を国が補助してくれる制度があるらしく、うちの会社も数百万円がもらえるらしい。その申請書類をポストへ投函するという大仕事だ。おまけに「提出期限が明後日までだから、今日中に投函しなければならない」という身勝手な条件付きで。

だが、帰宅途中のポストで構わないとのことだから、駅までの道筋をキョロキョロしながら歩いているところだ。

 

ここは新宿駅の西口付近。オフィスビルに囲まれたこの地にポストが見当たらないわけがない。ところがさっきから散々ウロウロしているのに、赤い四角がどこにも立っていないのだ。

(そ、そんなはずはない)

焦りながらもさらにキョロキョロしながら歩き続ける。しかし本当に、どこにもポストは見当たらない。不安と恐怖から手のひらが汗でビショビショになる。まぁ最悪の場合、ローソンを見つければ店内にポストが設置されているから大丈夫だ。しかしいまのところ、セブンとファミマばかりでローソンの看板を見かけない。

 

とその時、強く握りすぎたせいでレターパックが折れ曲がっていることに気づいた。さらに宛先の文字が手汗で滲(にじ)んでいるじゃないか!

(こ、これはまずい。手ではなく脇に抱えよう)

これ以上書類に被害が出る前に、なんとかポストを探さなければならない。俺は血眼で辺りをなめ回す。だがどうしたことか、必死に探せば探すほど、ポストはどこにも見当たらない。

 

かろうじて発狂を抑えつつも、とうとう新宿駅にたどり着いてしまった。ーーあぁ、電車に乗る前になんとか投函したかった。数百万円の申請書類なんてものを抱えたまま、電車に乗りたくなかったからだ。

力なく首を垂れ、脇に抱えるレターパックへ視線を落とす。すると、なんと手汗で滲んだ文字がワイシャツとこすれて、墨を塗ったかのように真っ黒に汚れているではないか!もはや宛先など一文字も読めない。差出人の部分までインクが滲んでしまい、まるで悪質ないたずら状態だ。

(こ、こ、こんなこと会社にバレたら、定年前にクビになってしまう)

額から垂れる脂汗。バクバク激しく鼓動する心臓。体中の力が抜けてしまったかのように、鼻水とよだれがこぼれ落ちそうになる。

 

呆然とその場に立ちつくしていると、改札口の向こうにぼんやりとポストが見えてきた。さっきからずっと探し求めていた、あの長方形の投函口がようやく目の前に現れたのだ。

 

ーーあぁ、神は俺を見捨ててはいなかった。一秒でも早く投函してしまおう、自由の身になろう!

 

駆け足で改札を通ると、後光が差す投函口へとレターパックを放り込む。ストン、と重みのある音でポストの底へ落ちたのを確認。

 

ーーやった、これで任務完了だ!

 

 

今、オレの口へレターパックを入れたオッサン、あいつはヤバいぞ。明日、間違いなくクビになるだろう。

 

そもそも見た目からしてヤバいし、ワイシャツが脇汗でおもらししたみたいに変色してたし、あんなキモイのが会社にいたらオレはごめんだな。

だが今のご時世、社員をクビにするのも一苦労ってそこらへんのサラリーマンが言ってるし、あんなオッサンでもクビにできないってことなんだろうな。

とはいえこんな大問題を起こしたのなら、正々堂々とクビを宣告できるだろうから、会社としては逆によかったのかもしれない。

 

おっと、自己紹介が遅れました。オレは改札内にある、新聞・雑誌専用のゴミ箱だ、よろしくな。

 

 

(完)

 

サムネイル by 希鳳

 

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