2週間ほど前のこと、SNSを見ていたところ「痴漢冤罪が起こったときの集団心理」なる動画が流れてきた。ショート動画だが、あれがリアルに起きたら恐ろしい内容の作品だった。
わたしは一応オンナだから、オトコから痴漢扱いされる可能性は少ないだろうが・・その動画の内容はこんな感じである。
❝車内で居眠りしていたオンナが、隣に座るオトコの肩に無意識にもたれかかってしまい、それを鬱陶しいと思ったオトコがオンナの頭を手で押し返した。その瞬間に目を覚ましたオンナは、自分がもたれかかっていたことなどさておき、そのオトコに向かって「え・・・痴漢ですよ」「触りましたよね?いま」などとほざく。当然オトコは「寝てらしたんで起こしました、すみません」「いや、もたれかかってきた頭を・・」と説明するも、完全に被害者になりきっているオンナが「それだけじゃなかったですよ!」と反論するので、周囲の乗客もオンナの味方となる。あげくの果てにはオンナは泣き出し、それを見たオトコは激高し「嘘をつくな!親切で起こしてやったんだろ!」と叫び、同乗していた男たちに両腕を掴まれて去って行く❞
・・あぁ、こんな悲劇に見舞われるなど、考えただけでも恐ろしい。そもそも、居眠りしていたとはいえ、隣の乗客にもたれかかったのはオンナのほうじゃないか。それに対して、そっと頭を戻してやったオトコの親切を仇で返すどころか罠にはめるとは、このオンナこそ犯罪者だ。
それにしても、だれも見ていない状況でこのような事態に遭遇したら、果たしてどうするのが正解なのだろうか。乗客側も「痴漢」という声で気が付いたわけで、状況判断するにはあまりに情報不足である。
仮にオトコが「違います」と言ったところで、実際に痴漢をした場合も同じ言葉を口にするだろうから信憑性は低い。となると、「言ったもん勝ち」というか、勘違いであっても被害者の勝利となる。
自分しか知り得ない「無実」という真実を、自分一人で証明するのは困難極まるうえに長い道のりとなる。そんないばらの道に心折れるかもしれないし、耐えきれずに命を絶つかもしれない。
しかしなぜ、何もしていないのに犯罪者とならなければならないのか——。
*
——あの時の動画がわたしの脳裏をよぎる。なぜなら、今まさにその状況が起きているからだ。そう、わたしの右に座るオトコが、気持ちよさそう眠りこけているのだ。そして徐々にこちらへ首を垂れつつあり、あわよくばわたしの肩に頭が乗っかりそうになっている。
このままではあの動画の二の舞となる。かといって、見ず知らずのオトコに肩を貸すほど、わたしはお人好しではない。・・そうだ、よく考えてみろ。あの動画では、もたれかかられた側がそっと頭を押し戻したから、変な誤解を与えたのだ。もっと勢いよく、グイッと押し戻せば痴漢に間違われることはない。
かといって、あまり勢いよくやってしまうと、それこそ首を傷めたとかなんとか言われかねない。そんなことで痴漢から傷害事件にすり替えられても分が悪い。
そもそも、なんでこいつは右に傾かないんだ?右側には手すりがあるゆえに、そこへ頭をもたれかければ万事オッケーだというのに。まぁ人間には、長年の生活習慣による癖があるから、きっと骨格が左に歪んでいるのだろう。
それにしてもちょっと暑苦しい。あまり近づかないでもらいたいのだが・・・おぉ!いいことを思いついた。わたしがこいつを押し戻すのではなく、こいつがどこまで傾くのかを試せばいいのだ。傾きすぎて上体を支えきれなくなれば、必然的に目を覚ますはず。そうすれば痴漢だろうが傷害事件だろうが、冤罪を未然に防ぐことができるじゃないか——。
・・というわけで、わたしはちょっと左へ避けた。同時に上半身を極力左へ反らせて、隣のオトコの頭がわたしに触れない位置までずれてみた。さぁ、これでどうだ?!目覚めよ、痴漢冤罪首謀者!
「あ、あの・・」
突然、左からオンナの声がした。そう、わたしがあまりに左へ寄ったせいで、隣に座っていたオンナに接近しすぎてしまったのだ。まるでオンナにもたれかかるように傾いていたわたしは、オンナのテリトリーを半分以上奪っていたため、耐えきれずにオンナが声をかけてきたのだ。
「あっ!ごめんなさい」
そそくさと左を向いてオンナに謝罪をした瞬間、わたしの肩がオトコの顔面を打ち抜いた。その衝撃で目を覚ましたオトコは即座に、
「あ!すみません」
と、わたしに向かって頭を下げたのだ。
(・・なるほど。オトコがオンナにもたれかかるということは、それだけで痴漢やセクハラのリスクが発生する。だからこそ、多少乱暴に叩き起こされようが文句は言えない、ということか)
——いやはや、オトコとは可哀そうな生き物である。それに比べてオンナというのは、ただ単に面倒で扱いにくい凶器みたいなものだ。
コメントを残す