膝神(ひざしん)

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「これは確実にヤッたな」

なぜかピンときた。

そもそも膝が逆に曲がったのだから、何も起きないはずがない。痛みはさほどないが、どこかに違和感というか不審、いや不安を感じる。

膝が逆に曲がってから2週間半が経過するが、日に日に違和感を増す膝の状態に、わたしは一抹の不安を隠せなかった。

 

「私も当時、大した怪我じゃないと思いましたよ」

格闘家の友人が言う。

「そんなに痛くなくて違和感ある程度。だからほっといたんですよね」

なるほど、今のわたしと同じだ。

「そしたら中指が曲がっちゃって。その後2回も手術しました。こんなことなら最初からちゃんと病院へ行っとくんだったと後悔しました」

…恐ろしすぎる。なんということだ。

 

「違和感がある時点で、異常なんですよ」

 

決め手はこのセリフだった。そうか、言われてみればその通りだ。人間の体で違和感があるということは、何か原因があるのだ。健康体で違和感を覚えることなど、ほぼないのだから。

 

わたしは不安と恐怖に震えた。

たしかに痛みという痛みは感じない。靭帯が切れているとも思えないし、半月板を損傷しているとも考えづらい。となると一体ーー。

 

「違和感がある時点で異常」という強烈なインパクトが、わたしの背中を押した。受傷からかなり経っているが、診察だけでもしてもらおう。

 

 

わたしの周りには膝を痛めた人間が多い。

格闘家や柔術家のほとんどの選手が、多かれ少なかれ膝を怪我したことがある。そしてサッカーやバスケットボールの選手も、やはり膝を壊す選手が多い。

 

主な怪我として有名なのは「前十字靭帯損傷(断裂)」だろう。これは選手生命を脅かす致命傷となる大怪我だが、最近では治療方法の発達や再建術に精通するドクターが増えたため、術後リハビリを経て競技復帰できるケースがほとんど。

そしてこれと同じくらい耳にするのは「半月板損傷(断裂)」。半月板は場所によっては血流が悪く、自己治癒が難しいといわれる。受傷後すぐならば損傷部位を縫合することで温存も可能だが、時間が経ち変形してしまった半月板は切除を余儀なくされることも。

他にも、「後十字靭帯損傷(断裂)」など、漢字の文字数が多すぎて、それだけでも委縮してしまいそうな膝の怪我たち。

 

ちなみに、かつてわたしは膝をひねったことにより痛みを覚え、整形外科を受診したことがある。あの時も、元サッカー選手だった友人に脅されたからだ。

「医者に『靭帯は問題ないから、安静にしていれば治る』と言われて一カ月くらい経った時、試合で急に膝から崩れ落ちて病院へ運ばれた。そしたら『前十字靭帯が9割消えてる』と。もうサッカーはあきらめたほうがいいって言われたんだ」

そう話しながらグラグラの膝を見せてくれた。返す言葉がなかった。

 

わたしはすぐさま、膝の名医といわれるドクターのところへ駆け込んだ。その結果、

「んーー。非常に言いにくいんだけど、どこも問題ないような気がするなぁ」

と言われたのだ。そんなはずはない。膝に違和感があるし、なんか変な気がするし、これが普通なわけない!

「せ、先生。MRIは撮らなくて大丈夫ですか?」

「んーー、お金もったいないから、撮らなくていいと思うよ」

半信半疑ではあるが、何百人、いやもっと多くの膝を診てきた名医が言うならば、間違いはないだろう。ならば経過観察ということで、薬とサポーターをもらって帰ろう。

「んーーー、薬もいらないかなぁ。サポーターはネットで買ったほうが安いから、そっちで探してみて」

ま、まさかヤブ医者か?!

 

レントゲンもMRIも撮らず、薬もサポーターももらえず、ただドクターがわたしの膝を押したり引いたりひねったりしただけで、診察は終わった。

前十字靭帯を損傷していなかった喜びより、まったく怪我をしていなかった恥ずかしさのほうが記憶に残る、微妙な思い出だ。

 

 

そんな苦い過去もあるが今回は違う。なぜなら「違和感があるのは異常」なのだから。

 

改めて左膝をなでる。立派な膝だ。

決して細くはない、ゴツゴツした立派な膝。コイツが怪我をしているかもしれない、しかも大怪我かもしれないと思うと、居ても立ってもいられない。

 

「水が溜まってますね。そのせいで違和感があるのだと」

(・・・え?)

「ほら、左右比べると左のほうが膨らんでるのわかるでしょ?水ですよ」

(・・・は、腫れてる??)

 

わたしは、自分の膝が腫れているかどうかも分からなかった。単に「立派な膝」だと思っただけで、まさかその立派が「水分でできた立派」だったとは思いもしなかった。

 

ということで、膝神は健在である。

 

 

サムネイル by 鳳希(おおとりのぞみ)

 

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