強欲による裏切りの果て

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わたしは密かに恐れていた。むしろ、いずれはこうなると分かっていたにもかかわらず、欲望の赴くままに行為を遂行してしまったのだ。

大切な友人を裏切ることになる——そんな分かりきった現実から目をそらすかのように、わたしは行為に及んだのである。そう、もう二度と取り戻せない、重大な過ちを犯してしまったのだ。

 

 

人間とは、欲にまみれた薄汚い魔物である。誰もが己のことしか考えておらず、隠し事の数を数えたら両手では足りないだろう。

だが短い人生、欲を我慢をするくらいなら一発「バレない」に賭けてみよう・・そう考える愚か者も多い。そして勇んで行為に及んだ結果、みすみすバレて手痛いしっぺ返し、いや、裁きを受けるわけだ。

まったく、バレる可能性があるならば手を出さなければいいものを、それでも目先の欲望には敵わないのが、人間という馬鹿で浅はかな生き物なのである。

 

そして幼い頃から、欲望というものは見事に顕現している。近所のコンビニで万引きをしてみたり、親から好かれるために嘘をついてみたりと、人間というのは本能的に「強欲」にできているのだ。

さらに、他人のものほど鮮やかに写るのも人間の特徴といえる。それが友人の恋人や配偶者であっても、火照るカラダと漲る性欲を抑えることはできない。そして密かに行為に及ぶも、どこかでその事実を他人に知らしめたいと願う、おぞましい自己顕示欲の塊なのである。

 

他人の不幸は蜜の味——まさにその通りだ。

 

そして例外なく、わたしも強欲で自制心の乏しい卑しい人間である。そんなことはとうの昔から分かっていた。

年齢とともに欲に対する熱意も薄れるのではないかと思っていたが、こればかりはどうも違うらしい。むしろ、日々の楽しみこそが欲を満たす行為となっており、もはや救いようのない落ちぶれた人間になりつつある。

そんなクズ人間のわたしは、とうとう、大切な友人を裏切る行為に手を染めてしまったのだ。

 

(ダメだ。これは彼女のへの大切な贈り物。これだけは触れてはならない・・)

 

わたしは目の前にある、鳩サブレーによく似た「北海道バターサブレ・北ふく郎」に手を伸ばそうとしていた。しかしこれは友人への土産であり、これを食べてしまったら元も子もない。

ましてや「お土産がある」と告げてしまったわけで、今さら「やっぱりお土産はない」などと覆すことはできない。しかもよりによって、彼女のほうでもどこぞの土産物を購入してきた様子で、事実上の物々交換となるわけだ。

だからこそ、なにがなんでもこのバターサブレは友人のために保管しておかなければならないのである。

 

(待てよ。賞味期限が近かったら、やむを得ず食べたということにすればどうか・・)

 

そう閃いたわたしは、さっそく、北ふく郎の包装紙の裏面を確認した。すると残念なことに、今年の年末まで食べられるということが発覚。せっかくの妙案と思いきや、さすがにこの嘘はつきたくない。

ではどうすれば、この「北ふく郎」をわたしが食べても仕方のない言い訳ができるのだろうか——。

 

わたしは考えた。無い知恵を絞って考えた。何日も何日も考えた。・・そしていつしか、こう思い始めたのである。

(ひょっとすると友人も、わたしに土産を渡すことを忘れているかもしれない)

「北海道土産がある」という話をしてから、かれこれ何週間も経過している。その間、一度も友人と会っていないわけで、もはや土産の話など忘れている可能性が高い。

仮に忘れていなくても、賞味期限が近づいたということで、わたしへの土産を食べてしまったかもしれない。それを言い出しにくい彼女は、忘れたフリをしているのかもしれない。

 

(きっと、そうに違いない)

 

 

「あ、よかった。これお土産ね」

 

どうやら毎日、わたしに会うかもしれないということで、土産物を持ち歩いていた様子。決して小さくはない箱に入ったレアチーズケーキを受け取ると、わたしは思わず首を垂れた。

「あの・・・ごめんなさい」

わたしは正直に謝った。謝って許されるものではないが、約束を破った事実に変わりはないわけで、せめて謝罪くらいはしなければならない。

「あぁ、食べちゃったのね」

彼女はフフッと笑いながら、そう呟いた。

 

——なんということだ。彼女はわたしの強欲さを見抜いていたのだ。数週間もあれば、どうせこいつは他人への菓子であっても喰うに違いないと、当たり前のように思われていたのだ。

 

とはいえ、その通りである。わたしは他人への土産物すら手を出してしまう、食欲の鬼なのだ。

(今度からは、友人への土産はわたしの嫌いなアンコにしよう・・)

今さらながら、そう固く心に誓うのであった。

 

Illustrated by 希鳳

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