赤坂にあるシャレたカフェの窓際で、優雅にカフェラテを味わうわたし。外との仕切りがガラスでできているため、中でくつろぐわたしの様子は通行人から丸見え。それでも、こんなオシャレな空間に馴染んでいるのだから、見られて恥ずかしいものではない。むしろ都会人の余裕、とでもいおうか。行き交う庶民をふんぞり返って眺める優越感たるや。
カフェの外には天然の木材でできたベンチが置かれている。今日のような天気のいい日には、むしろ室内よりも外でくつろぐほうが得した気分になれるだろう。
…とその時、三人組の女子がカフェに現れた。真っ白な肌が眩しいブラトップにブカブカのスウェットパンツ、チラッと見えるキュートなへそピアスが光る。さらに、浮くほどのバッチリメイクは若さゆえの背伸び感があり、それすらも初々しい。
「化粧は年をとってからでいい!」
若い頃、ノーメイクだったわたしはそんなセリフを吐いていた記憶がある。だが実際に年をとってみると、それこそ化粧などしない単なる中年に成り下がっていた。むしろ、化粧をしたところで何が変わるわけでもない劣化具合いに、惨めさを上塗りしないためにもすっぴんを貫いているのかもしれない。あぁ、なんとも哀れである。
キラキラの若さを振りまきながら、店内をのぞき込む三人。しかし満席の店内で席を確保することはできない。すると一人の女子が、おもむろにシャネルのショルダーポーチをベンチへ放り投げると、そのまま店内へと入って来たのだ。
(おいおいおい!高級バッグで席取りするなよ!!)
ここは平和ボケした国、日本。ひったくりや盗難は少ないかもしれないが、歩道へせり出た縁台に、「盗ってください」と言わんばかりに無造作に置かれたシャネルのバッグは、さすがに危険だろう。
ここは赤坂、足立区に比べたら治安は悪くないだろう。しかし見てみろ!さっきから人の流れは途絶えることなく、観光客と思しき外国人の姿も確認できる。どんな思想の人間かなど、見た目では判断できない。善人そうに見えても中身が悪人であることなど、ざらにある。
まだ若い彼女らは、そういう痛い目に遭ったことがないのだ。その点、警戒心の強いわたしはいつだって人間を信用していない。とはいえ、数年前にイタリア・ナポリの駅前でスマホをひったくられるという痛恨のミスを犯したが、それ以外は大きな失敗はしていないわけで。
やむを得ない。日本を支える若者を守るためにも、わたしが一肌脱ぐしかない――。
そこでわたしは、見ず知らずの女子が投げ捨てたシャネルのバッグの警備を開始した。運よく、本日はストレッチ素材のズボンを履いているし、トップスは厚手の素材でできたフーディーだ。よって、全力で追いかけることもできるし、タックルで飛び込んだとしても頭や肩を守ることができる。
とはいえ、バネの強い黒人男性が持ち去ると厄介だ。かってナポリでスマホを盗られた時、高身長で痩せた体から伸びる長い手足を、最大限に駆使して逃げ去る黒人男性の背中を見た途端、「絶対に無理だ」と確信した。ウサイン・ボルトと見間違うほどの美しいフォームで、ぐんぐんと遠ざかっていく彼を追うことほど、無駄で無意味なことはないと瞬時に察知したのだ。
となると、願わくばどんくさい中年の日本人にお願いしたい。追いかけっこでは逃げ切られるかもしれないので、早い段階で背後から飛びつき、自分もろともアスファルトに叩きつける算段だ。お気に入りのフーディーが破れるのは悔しいが、頭部や肩、肘を守ったことによる負傷であれば生地も本望だろう。
そのためにもわたしは、すぐさま外へ駆け出す準備をしておかなければならない。不審者がバッグに近づいて来た時点で、立ち上がり外へ向かおう。であれば常に視野を広く保ち、前傾姿勢で瞬時にスタートを切れるようにしておかなければならない。
かといって、あまりに殺気を振りまいては店内の客に怪しまれる。せっかく優雅にくつろいでいるのに、それを台無しにしては申し訳ないわけで。
手のひらは汗でびっしょり湿っている。シャネルのバッグを凝視しながら、通行人の様子をうかがうわたし。――いける、いつでもダッシュできる。さぁ来い!ひったくりよ!!
*
全身を尖らせてバッグの警備にあたっていたわたしの目の前に、持ち主である女子がコーヒーと共に戻って来た。
ベンチへ投げ捨てたシャネルを拾い上げると、お気に入りの韓流スターのブロマイドを取り出して、三人でキャッキャとはしゃぎ始めた。
――警備解除。
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