歌舞伎町の嬢王  URABE/著

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「おっちゃん!そんなとこで座ってなにしてんの」

キャバクラでバイトをするアタシは、客を呼び込むためにトー横前でフラフラしていた。そんな中、ふと前を見ると小汚いホームレスの隣りにこれまた小汚い格好の「おっちゃん」がいるから驚いたわけ。

おっちゃんとは、ウチの常連客である暴力団・住友組の組長のこと。二千人もの組合員を束ねるおっちゃんは、いつもパリッとした服装で店を訪れて、派手にお金をばら撒いてくれる太客。それでいて威張りもせず、アタシたちを我が子のようにかわいがってくれるから、親しみを込めて「おっちゃん」と呼んでいるのよ。

そんなおっちゃんが、作業服のような薄汚れた格好でホームレスの隣りで地べたに座っているのだから驚くに決まってる。

 

「おぉ、愛花か。ちょっと待っててくれ」

おっちゃんはそう言うと、ホームレスにゴミらしきビニール袋を渡してシッシと追い払った。ゴミくらい、アタシが捨ててあげるのに――。

それからアタシたちは、近くの公園で銀だこをほおばりながら少しだけおしゃべりをした。その時の内容は、「これこそが裏社会の真髄なのだ」と痛感せずにはいられないものだったわ。

 

 

「いいかい、愛花。ホームレスというのは、歌舞伎町界隈ならばどこにでも生息する、いわば雑草のような存在だ。その証拠に、愛花はさっきワシがしゃべっていたホームレスを、思い出せるかい?覚えていないだろう」

そう言われてみると、つい数分前に見たホームレスの顔どころか、身なりすら覚えていない。ただ単に、大きなゴミ袋を引く姿だけが印象に残っている。もしも今、目の前に3人のホームレスが現れたとしても、そのうちのどれがさっきのホームレスか判別することすらできないわ。

 

「ワシらは、あいつらを使って情報収集をしているんだよ。本当に重要なことは、生身の人間の口から出た言葉以外、ワシは信じないことにしているんだ」

そうなのね。デジタル社会の現代だからこそ、あえてアナログの情報網を確立することで、ある種のセキュリティ対策を施しているってわけね。

――ということは、別れ際に渡したアレは、ゴミじゃなかったのかしら?

 

「その通り。ワシとあいつとの付き合いは、かれこれ30年になる。その間あいつに渡したカネは…そうだな、もう億を超えとるよ」

カッカッカと笑いながら、開いた口へたこ焼きを放り込むおっちゃん。なんてことなの!?あの貧しそうなホームレスが、実は億万長者だったなんて!

さらにホームレスを続ける以上、お金を使う必要などないわけで、おっちゃんから受け取ったお金は溜まる一方だわ。

 

「ヒトを見た目や肩書きで判断してはいけない、と言うだろう?それはつまり、自分の命を預ける相手は、自分の目で見て鼻で嗅いで決めろということなんだよ。人間はかならず裏切る生き物だから、そのさじ加減を見極める感覚を持っていないと、ワシらの世界では生きていけないんだ」

最後のたこ焼きにつまようじを刺すと、口の中へひょいっと投げ入れておっちゃんは立ち上がった。

 

小汚い作業服のじいさんと、セクシーな衣装に身を包んだアタシ。傍から見ればどんな二人に見えるのかしら。まさか天下の住友組の組長が、借金まみれのしがないキャバ嬢に対して、裏社会における重要な情報を暴露しているだなんて、誰も思わないでしょう!

でも本当にその通りよ。ウチによく来る大手企業の役員や官僚の連中に聞かせてやりたいわ。会社や組織の看板を外したら、アンタたちになにが残るのよ?・・不摂生な食生活と運動不足のせいで、だらしなくはみ出た醜い腹。今はお金があるからチヤホヤされるけど、リストラされてみなさいよ。肩書きにしがみつく過去しか誇れるものがないアンタらに、残された道はホームレスくらいでしょう。

・・ん?そしてホームレスになって、おっちゃんに目をつけてもらえれば大金持ちになれるわね。帳簿に残らないお金だから税金を払う必要もないし、ホームレスだから無駄遣いすることもない。それで最終的には仮想通貨にでも突っ込んじゃえば、その日から突然大金持ちとして再スタートできるじゃないの!?悔しいけど、勝ち組のレールに乗った人間ていうのは、最後まで勝ち組でいられるものなのかもしれないわ。

 

 

そしてアタシの本業は、CIA(米国中央情報局)の諜報員なのよ。

(了)

 

Illustrated by 希鳳

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