ズボラ人間  URABE/著

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俺は自他ともに認めるズボラ人間だ。とにかく面倒くさがりで、わざわざ何かをするくらいなら何もしないほうがマシだと思っている。

その典型が料理だろう。俺の唯一無二の趣味は"食べること"ではあるが、決して料理はしない。なぜなら面倒だからだ。指をパチンと鳴らせば料理が並ぶような、そんな時代が訪れるにはまだ早いわけで、俺は日頃から素材をそのまま丸かじりすることで、エネルギーや栄養素を蓄えているんだ。

 

料理について、作るのが面倒くさいというより片付けるのが面倒なんだと思う。そもそも、食材を買いに行ってそれを洗ったり切ったり加熱したり盛りつけたりすることも、当然ながら面倒に決まってる。だが、それよりなにより作り終えた後の、いや、食い終えた後の片づけが至極面倒。

厳密には、皿を洗うことが面倒なんじゃない。すべて洗い終えた後のシンクや排水溝の掃除が面倒なんだ。こればかりは本当に勘弁してもらいたい。汚れを見つけると徹底的に綺麗にしたいと思う俺は、元来、綺麗好きなんだろう。だからこそ、ちょっとでも汚れを発生させるような行為をしたくない。その最たるものが料理なわけで、料理という行為は俺をイラつかせる究極の禁止行為なんだ。

 

あとは、火が怖いというのも理由の一つか。野生の遺伝子が強い俺は、火と閉所が恐ろしい。そもそも火なんてもんは、何かあったら大事件に発展するわけで、ダイレクトに炎を拝む必要なんてこれっぽっちもない。しかも今の時代は、電子レンジという便利な調理器具があるわけで、わざわざ炎を使って加熱しなくてもどうにかなるからだ。

・・といいつつも、冷凍庫には高級牛タンが眠っており、これはどうやら火が必要となりそうだから、チャッカマンで炙る覚悟を固めつつあるところだが。

 

 

今日、実家の母親とは別の"東京のおふくろ"から食べ物が届いた。こっちのおふくろは不定期ながらも定期的に、季節の食い物をこしらえては送ってくれるわけで、本当に感謝しかない。

そして今回も、でっかい段ボール箱にいっぱいの自然の恵みが詰め込まれており、テーブルに並べきれないほどの「命の欠片」に目がくらむ。それらを、丁寧に一つずつ梱包を解きながら、今すぐ食べるものと冷凍庫で保存するものとに分けていく俺。

(・・これは、単純に野菜へ火を通したものじゃない。いったいどうやったんだ・・あぁ、干してから調理したのか!)

思わずつまみ食いしてしまったそれは、ニンジン、大根、紅い花、緑の葉っぱ、黄色い柚子——いや、ミカンの皮か。野菜特有の青臭さは消え、太陽の光を存分に浴びた"野菜の第二形態"に、エクストラバージンオイルで揉み上げた艶やかな輝きを纏った、なんとも美しく美味な食べ物だった。

(結局、これが出来上がるまでには相当な日数と時間がかけられているんだよな・・)

かつて、東京のおふくろから「命の根源たる食事」について説教、いや、説諭を受けた時から、俺は食事に対する見方や考え方が変わった。だからこそ、これらの手料理にどれだけの手間暇をかけたのか、想像するだけで背筋が凍る。

 

あらかた整理できたところで、さっそく料理に舌鼓を打つ俺。化学調味料など一切使用していないこの料理は、どれだけ食っても箸が進むから恐ろしい。あっというまにタッパーを空にした俺は、突き出た腹を撫でながらソファへ横になった。

(さすがに半袖半ズボンは、季節外れか・・)

家から一歩も出ない俺にとって、外気の温度などどうでもいい。室内が快適であればそれで十分なわけで、己の体感温度のみで服装を決めているのだが、さすがに今日は寒さを感じる。

11月にもなって半袖半ズボン、そのくせ足元はヤクのソックスという不自然な格好で、ここまで過ごしてきたこと自体が奇跡ともいえる。今日をもって丈の短い服装は卒業しよう——。

 

そんなことを考えながら、ドサッと倒れ込む俺。しかし、一分も経たずに寒さに負けそうになる。やっぱり半袖半ズボンは無理だ。なにか上から掛けられるものはないか——。

クローゼットまで歩けば、そこには冬用の毛布が入っている。だがそこまでの4歩が惜しい。4歩も歩かなければならないならば、この寒さに震えながら目をつむって耐えるるほうがマシだ。なんせ、そんな面倒なことはまっぴらごめんだからな。

 

とはいえ、5分経つと皮膚が明らかに冷たくなった。指先は青白く変色し、鼻の頭もキンキンに冷えている。腕には鳥肌が立っているじゃないか。このままでは低体温症でこの世を去ることになるんじゃないか——。

生命の危機とあらば、さすがに動かざるを得ない。ノロノロと体を起こすと、俺は布団代わりになりそうなものを探した。毛布とまではいかなくてもなにか、この寒さから身を守ってくれるものは・・・。

 

(・・・あった)

 

床に投げ捨ててあった段ボール箱の中に、若干の新聞紙が入っているじゃないか。精一杯腕を伸ばし、そのうちの一枚に触れるとこちらへ引っ張り上げた。

世界共通でホームレスにとっての高級羽布団であり高級毛布であり、高級ブランケットとなるのがこの新聞紙。保温性といい吸水性・吸湿性ともに抜群の恐るべき近代寝具。おまけに、この新聞紙はクッション代わりに丸められていたため、フィット感が抜群に向上している。

 

俺はさっそく新聞紙に包まった。なによりもチクチクしないことと薄手でごわつかないところが、新聞紙の利点である。おまけにクシャクシャになっている分、肌触りも問題ない。

だがやはり、この薄っぺらい新聞紙一枚では肌寒さが残る。もう一枚、いや、もう二枚くらい巻き付けておこう——。

 

 

こうして俺は、都合3枚の新聞紙を体に巻きつけると、インクの匂いをデザートに夢の世界へと旅立った。・・ズボラ人間もここまでくるとあっぱれといったところか。

 

サムネイル by 希鳳

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