夜中にゴミ袋と対峙するシロガネーゼ

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わたしは今、苛立ちを抑えきれずに震えている。なぜなら、帰宅すると我が家の目の前に、ゴミ袋が置かれていたからだ。正確には目の前でなく斜め前なのだが、角部屋の我が家からすると、そこはわたしのテリトリーといっても過言ではない。

週に何度か共用部分の掃除が行われている様子だが、果たしてこのゴミ袋をゴミ置き場へ運んでくれるのだろうか? かつてここに、ビニール傘が放置されていたことがある。置かれていたというか、立て掛けられていたというか。それが月日が経つごとに、倒れていたり再び立て掛けられていたりと、自身の状況を他人の力によって変化させていたのだ。つまり、撤去されることなくその場に存在し続けていた。

そんなこともあり、わたしは異物の存在にナーバスになっている。たしかに、誰の所有物かも分からぬビニール傘やゴミ袋を勝手に撤去して、トラブルを巻き起こすのは管理会社としてもまっぴらごめんだろう。そのため、いつまでたっても我が家の目の前の共有部分に、異物が居座り続けるのだ。

 

・・備忘録として綴っておくと、本日の午後6時15分の時点でこのゴミ袋は存在しなかった。そして同日午後9時40分、突如ゴミ袋が顕現したわけで、犯行時刻はこの3時間半に限られる。

さらに我が家はペントハウス階にあり、同じフロアの住人以外はわざわざ上ってこなければならないため、「通りがかった」という言い訳は通用しない。わざわざこの階へ上ってこなければ、ここへビニール傘やごみ袋を放置することなどできないのだから。

 

ならば同じフロアの住人が犯人なのかといえば、多分違う。なぜなら、こういったことをしそうにない人間性の持ち主だからだ。

まず隣人は、今年引っ越してきた新入りだが、若いなりにきちんとしている。以前、ゴミ袋を手にする姿を目撃したが、弁当の空容器をきちんと水洗いして袋に入れてあることを確認している。

その向かいの住人は長い付き合いになるが、実直かつ毅然とした態度の女性で、マナー違反や不潔なことを嫌うタイプなのだ。さらに、自宅からエレベーターに乗るまでに距離はなく、エレベーターを通り過ぎてまでわたしの部屋の前に傘やごみを置くメリットがない。

こういった事情からも、この階の住人が犯人だとは思えないのである。

 

ということは、他の階の住人がわざわざペントハウス階まで上がって来て、わざわざ傘やごみ袋を置き去りにしたのだろうか。だとしたらいったい、なんのために——。

 

イライラが収まらないわたしは、ドアを蹴り開けるとゴミ袋の前に立ちはだかった。市販される30リットルのゴミ袋。他人の生活をのぞき見する趣味はないが、なにか手掛かりになるものはないだろうか。

つま先でゴミ袋を蹴っ飛ばしながら郵便物を探していたところ、何らかのDMらしきものを発見した。この宛先さえわかれば、どこのどいつが犯人か分かる——。

だが、他人のゴミ袋を素手で開けるのも憚られる。後で手を洗えばいいだけのことだが、なんとうか生々しい汚物や廃棄物が出てきたら、それこそトラウマになる。なんとか袋を開封せずに宛先を確認できないものか。

 

サッカーボールのように丸いゴミ袋を蹴り転がすうちに、ふと気が付くとエレベーターが上がって来るではないか。無論、この階に止まるとは限らないが、もしもこの階の住人が乗っていたら誤解を招きかねない。

咄嗟に玄関へ逃げ込むと、ドアレンズから様子をうかがうわたし。——なぜわたしが隠れなければならないんだ。なに一つ悪いことなどしていないのに、なぜこのわたしが・・・。

 

エレベーターは7階で止まった。安全確認をしてから再び、わたしは忌々しいゴミ袋と対峙した。とにかくあの郵便物のあて名さえ確認できれば——。

今度は使い捨てフォークを持参したので、手を汚さずにゴミ袋を破り開けることができる。・・さぁ犯人よ、震えて待つがいい!

 

 

郵便物をほじくり出したわたしは、この偶発的な状況に愕然とした。なんと、部屋番号の部分がちょうど破られており、何〇何号室なのかが分からないのだ。しかもこれはわざとではない、たまたま破り開けた際に部屋番号の上を割いてしまったのだ。

辛うじて名前は確認できるが、マンションのポストには名前など記載されていない。つまり、どの部屋の住人なのかが分からないのである。

 

フルネームが分かっても、部屋番号を特定しない限りは犯人をあぶり出すことができないとは——。

 

ゴミ袋を蹴り飛ばすと、わたしは渋々部屋へと戻ったのである。

 

サムネイル by 希鳳

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