それどころかボクはやってない

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(今日もまだあるか・・・)

家を出るたびに、また、帰宅するたびにわたしは不快な思いをさせられる。不快というか、ムカつきと苛立ちがおさまらないのである。

たとえばタクシーに乗った時に、座席の足元に空のペットボトルが落ちていたとしよう。あぁ、前の客が落としたのか——あるいは、わざと置いていったのか。

だがこれはわたしの所有物ではない。かといって乗車してすぐに、このことを運転手に告げるのも憚られる。・・まぁ、わたしが乗るまで気が付かなかったということは、わたしが降りても気が付かない可能性が高い。であればわざわざ事を大きくする必要もあるまい。・・そうだ、ここは黙ってやり過ごそう。そもそも、Suicaの入ったパスケースでもあるまいし、緊急性も重要性も皆無。ましてや他人の所有物について、わたしがあえて指摘する必要などない——。

色々と考えを巡らせるうちに目的地へ到着した。支払いを済ませ車を降りようとしたとき、

「お客さん、忘れ物がありますよ!」

後部座席の確認をした運転手が、わたしに声をかけた。え?スマホ?それとも家の鍵??・・・いや、違う。あの空のペットボトルだ。

「あ、それ乗った時からそこにありました・・」

気付いていたならばもっと早く言えよ、と運転手は思うかもしれない。そして、まるで自白させられるかのように事実を告げたわたしは、なぜかとても後悔するだろう。

(あぁ、乗車直後に世間話ついでに伝えればよかった・・)

 

・・というように、他人の落とし物というか、他人が捨てたゴミをまるでわたしが捨てたかのように誤解されることは、非常に不快である。

無論、誤解されるくらいならばわたしがゴミを捨てればいいだけのこと。だがそのゴミが捨てるに捨てられない、正確には「捨てにくいゴミ」だった場合、気付かぬフリをするしかない。そしてゴミの所有者が回収に現れることを、切に願うしかないのである。

いったい誰がこんなところに放置したのか知らないが、角部屋である我が家の目の前の踊り場に、ビニール傘が立て掛けてあるのだ。数日前までは「立て掛けてあった」が、今はもう地面に倒れている。

カンカン照りが続くこの時期に、小汚いビニール傘はゴミでしかない。せめてきれいに巻いてあれば、踊り場に放置してあることも許せなくもないが、雑に閉じた状態で何か月も経過しているアレは、もはや立派なゴミである。

 

なによりも腹立たしいのは、「なぜよりによって、我が家の目の前の踊り場に放置したのか」ということだ。ここは最上階、しかも3部屋しかないフロアにビニール傘が放置されていれば、三分の一の確率で犯人として疑われる。

ましてや現場から最も近いのは、このわたしである。そしてわたしだけが「誰だよ、こんなところに傘捨てたのは!」と思っているに違いない。ほかの二人は「なんでアイツは傘を片付けないんだろう」と、わたしが犯人だと誤解し、毎日我が家のドアを睨みつけながらエレベーターを待つわけだ。

 

(断じて違う。わたしはそもそもビニール傘など使わない)

それぞれの部屋に貼り紙でもしておこうか。いや、そんなことをしたらわたしが怪しまれるし、頭のおかしい奴だと思われかねない。それよりも「放置した犯人なんてどうでもいいから、オマエが片付ければ済む話だろ」などといわれた日には、もはや逃れる術がない。

 

そもそも、なんでわたしが見ず知らずの不届き者が放置した傘を片付けなければならないんだ。しかも、まだ傘としての機能を失っていないアレを捨てるというのは、さすがに良心が傷む。

かといってわたしがアレを使うということはあり得ない。なによりも、他人の傘を自宅に持ち込む行為が許せないわたしは、どうしたってあのビニール傘を手に取ることはないのである。

 

同じフロアの住人が放置したのならば、さっさと片付けてもらいたい。だが、何か月もこの状態であることから推測するに、傘の所有者はあいつらではないだろう。

なぜなら、もしも奴らが使った傘であるならば、わざわざ踊り場などに立て掛ける必要がないからだ。10歩も進めば自宅玄関という距離なのに、ここまで差してきた傘を持ち帰らない理由などないわけで。

 

ということは、他のフロアの住人か——。

 

俄然、殺意が湧き上がる。

さらに、月に何回か共用スペースの掃除が入るが、その時になぜ片付けないのかも疑問である。居住者の誰か(主にわたしが疑われているだろうが)が置き忘れたものならば、迂闊に処分することもできない。しかし何か月もそこに放置されている状況からしても、明らかに「置き忘れた」ではなく「要らないから捨てた」に決まっている。

百歩譲って誰かが一年後に「あの古びたビニール傘は私のものです」と申し出たとしよう。そもそも、共用スペースに私物を置くことは禁止されているわけだが、それでもゴネたらたかが数百円わたしが払ってやる。

 

とにかく、あのビニール傘を見るたびにわたしのイライラは爆発寸前だ。

アレは断じてわたしのものではない!わたしの部屋が最も近いかもしれないが、犯人はわたしではない!

——あぁ、声を大にして伝えたい。誤解を解きたいし無実を訴えたいのである!

 

Illustrated by 希鳳

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