大宮公園小動物園で暮らす、カピバラの話

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ピースにラメール、そしてチェリーと対面したのは昨年11月のこと。それまでは、三兄弟を見守るユーチューバーが配信する動画でしか、彼ら彼女らの動向を知ることはできなかった。

おっと、どこの三兄弟かって?それは、大宮公園小動物園にいるカピバラ三兄弟のことである。

マイペースでひょうきんな長男・ピースに、警戒心は強いが存在感のある妹・ラメール、そして幼い頃に左目を怪我してしまい、隔離飼育されているお嬢さま・チェリー。

 

わたしはピースたちからの歴史しか知らないが、見守り隊であるユーチューバーの動画を遡ると、母親のコハルや父親のヤマトの歴史まで知ることができる。

そして個体数が少ないからこそ、それぞれのキャラクターや個性が光り印象に残るのである。

 

その結果、単なるカピバラを超えた愛着が湧くのであった。

 

 

本日、閉園30分前に駆け込んだわたしは、勢いそのままカピバラ舎まで走った。

(あれ、いない・・・)

東屋にも木陰にも、二頭の姿はどこにも見当たらない。おかしいな——。

(あ、いた!!)

なんと、池にもぐっていたのだ。しかもホテイアオイ(水草の一種)を全身にかぶっているため、ほぼ偽装状態だった。そして、大きなホテイアオイの塊たちはゆっくりと池の中を移動していた。

 

しかし、さすがはカピバラ。鼻の穴と目と耳が一直線になるのは、まさにこのためなのだ。

水中で過ごすカピバラは、水面には鼻・目・耳がわずかに浮かぶだけで、外敵から見つかりにくい状態を維持することができる。さらに水草などかぶっていたら、本当に見分けがつかないくらいに偽装完成である。

 

しばらくすると二頭とも陸へ上がり、なにやら周囲を警戒し始めた。そうこうするうちに・・・

「オウッ!」

ラメールが吠えた。あれはなんと言っているのだろうか、「ゴハンッ」とも聞こえるし、「ワンッ」とも聞こえるし、文字に変換するのが難しい音だが、いかんせん「ゴハン」の時間なのだ。

 

 

「しかしラメールは、いい声で吠えますねぇ」

一仕事終えた飼育員に話しかける。前回彼女とお会いした時はロングヘアだったが、今日は肩のあたりまでバッサリとカットしており、夏にぴったりの涼し気なヘアスタイルだ。

「そうなんですよ。じつはピースも吠えるんですけど・・下手なんですよ」

彼女はやや恥ずかし気に目を細めながら、長男・ピースの雄叫びについて語り始めた。

「吠えるは吠えるんですが、か細いというかかすれ声というか、ラメールのほうが立派な声ですよね」

勝手なイメージだが、野太い声は雄の象徴と思っていた。だが、ここ大宮公園小動物園のカピバラ舎においては、雄よりも雌、しかも妹のほうが男勝りの迫力ある声を聞かせてくれるのである。

 

「そういえば、ピースの体重を増やさない理由ってなにかあるんですか?」

これまた勝手な思い込みで、雄のほうが体格がいいものだと認識しているわたしは、逆転しているこの二人について尋ねた。

「ピースは、やはり雄だから筋肉質で中身が詰まってる感じなんです。だから、今くらいがちょうど動きやすいんですよ」

ほぅ、そんな事情があったのか——。

「あと、ラメールは生まれた時から大きかったんです。どっしりした感じで、骨格が大きいというか」

なるほど、ふてぶてし・・いや、堂々とした風格は女性にしておくのがもったいないくらいに、立派で頼もしいラメール。

それでも、食後に一人でチェリーが暮らす別邸の前で座っている姿は、どことなく繊細で優しい女の子なんだな・・と感じさせられた。

(ちなみにそのとき、ピースは池で偽装水泳を楽しんでいた)

 

「一時期、ラメールに好きなだけ食べさせてみたら、58キロくらいまでいきましたね。でも今は昔よりもずいぶん落ちてきて、二人ともほぼ同じくらいになりました」

その言葉を聞いてハッとした。直近の体重測定でピースは45キロ、ラメールは46キロだった。たしか前回ここを訪れたときは、二人の体重差は5キロ近くあったはずだが——。

「まぁ、年のせいもあるんでしょうけど、もう少し増えるといいですね」

二人とも今年で9歳を迎えた。人間でいうところの高齢者であり、見た目は若々しい(童顔)だが、内臓は年相応に衰えていくのかもしれない。

わたしは横目でラメールを見ながら、「とにかくたくさん食べて、ダイナマイトボディになってくれよ」とつぶやいた。

 

「そういえば、ラメールはなぜ食器を使って食べるんですか?」

ピースは、地面に置かれたリンゴをダイレクトにムシャムシャしているが、ラメールは女性だからか、銀の器で食べていた。

「あれは、整腸剤を与えることがあるので、そのためなんです」

なるほど。そういえば、ラメールはお腹を壊しやすいのだと見守り隊も言っていた。

 

ほかにも、「空気の読めないピースが、ラメールにちょっかいを出してキレられる」という、ここならではのコントのような風物詩があるのだが、もしもラメールがキレなかったら、それは彼女の体調が悪い証拠なのだそう。

そんな小さな違和感でも、カピバラの健康状態の判断材料になるのだ。それはつまり、動物への深い愛情と飼育者としての責任感の現れであり、本当に頭が下がる思いがした。

 

——これからも三頭を、どうかよろしくお願いします。

 

 

余談だが、ピースとラメールのエリアにはカメも住んでいる。そして食事の時間になると、何匹かのカメが池から上陸し、ピースとラメールの食事を一部失敬するのだ。

それにしても、カメはピースの食べ物しか持って行かない。なぜラメールのほうからは取らないのだろうか。まさか、二人を見分けているのか——。

「うーん、どうでしょうね。でも、ピースの近くのキャベツを持っていくことが多い気がしますね。あ、カラスは明らかに二頭を見分けていますよ。ラメールのリンゴは絶対に取らないですから」

なんと!カラスはこの二人を見分けているのか!

 

しかもやり口が面白い。カラスはピースのお尻をつつき、「ん?」とピースが振り向いた瞬間に、目の前のリンゴを加えて飛んでいくのだそう。

しかしラメールは、尻をつつかれたくらいでは振り向かない。そのため、よっぽどよそ見をしていない限り、ラメールのリンゴを奪うことは困難だと、カラスは気付いたのである。

 

「カラスは賢い」というが、人間でも見分けるのが難しいカピバラ二頭を完璧に識別しているとは、おみそれしました。

 

 

ピースは8歳にして、口からこぼれ落ちた石ころ(カピバラは、伸び続ける歯を削るために石ころをガリガリ噛む習性がある)を拾う技を覚えた。

同じくラメールは、一人でコンテナ風呂に入ることができるようになった(それまでは、ピースを引き連れていた)。

 

そして9歳になったピースは、池の中に落とした石ころを拾えるようになったのだそう。

成長著しい大宮公園小動物園のカピバラたちよ、今年もたくさんの新技を披露しておくれ。

 

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