カピバラの真打登場

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やはりどの世界にも「プロ」や「玄人」は存在する。そして彼ら彼女らは、ひと目でそうだと分かるほどの、異様で圧倒的なオーラを放っている。

 

もしもそのオーラに気づかない、いや、気付けないのならば、それは自分がド素人でド三流というだけのこと。

そのくらい、他を寄せ付けないほどの存在感で、プロたちはひっそりと、しかし確実に佇んでいるのである。

 

 

わたしは今日、カワスイ(川崎水族館)へと足を運んだ。言うまでもなく、カピバラと触れ合うためだ。

ちょうど2か月前、横浜にあるアニタッチでカピバラと交流したのだが、商業施設の居抜きテナントに動物たちの展示場があるのは、ややかわいそうな気がした。

 

アニタッチのカピバラたちは、シャレたバスタブに溜められたお湯でくつろいでいた。だが、床はテナントにありがちな防水加工の塩ビシートで、自然の要素は皆無。

カピバラは、湯につかってはバスタブから出てウロウロする…を繰り返すため、床はびしょ濡れになる。また、同じ空間に鳥やサルもいるので、動物たちの糞尿を掃除するには、塩ビシートでなければ手間がかかってしょうがない。

常に清潔を保つために仕方のないことだが、それでも野生むき出しのカピバラたちが人工物の中で暮らす姿は、どこか切なさを感じてしまうのであった。

 

そんな不安に近い寂しさを抱えながら、川崎駅に降り立った。

目の前には巨大な商業施設。ここの9・10階にカワスイがある。

 

「14時から15時までがエサやりタイムだから、早く行って並ばないと」

 

カピバラ初心者の友人が急かす。

――オイオイ。こんな平日の真っ昼間に、カピバラにエサをやりたくて並ぶ暇人が、どれほどいると思っているんだ。

 

そしてカピバラエリアに着くと、すでに15人ほどの列ができていた。

カピバラ人気を侮っていた。いや、むしろ十分承知していたはずだが、まさかここまでエサをやりたい人間がいるとは、見通しが甘かった。

 

こうして、遅ればせながらも列の最後尾に並んだところ、我々の後から一人の男性が颯爽と現れた。

その姿を見た瞬間、わたしはピンっときた。

 

(間違いない、彼はプロだ!)

 

もしかすると、カピバラユーチューバーかもしれない。あの人か?それともこの人か?――。

 

カピバラとの触れ合いまで少し時間がある我々は、ガラス越しに見えるカピバラを眺めては、ドアが開くのを待っていた。

しかし、プロは違った。彼はスマホでゲームをしていたのだ。

 

通常ならば、カピバラと触れ合う直前にゲームなどするはずがない。なぜなら、右前方には3頭のカピバラがスタンバイしており、飼育員がちらつかせるおやつに釣られて、ソワソワしているのだから。

 

あぁ、あの子のお尻を撫でてあげよう。

奮発して、あの子にエサを多めにあげよう。

 

そんなことを考えながら、今か今かとその瞬間を待つのが通常の来館者。ところが彼は、「前座はいいから、さっさと真打ち出せよ」といわんばかりの、こなれた態度で時間をつぶしているのである。

 

わたしは彼に注意を払いながらも、カピバラが待つ空間へと足を踏み入れた。

エサやりのスペースはウッドデッキ調のパネルでできている。その奥には、自然の土や草木が植えてある。

人工物だけに囲まれていないことに、思わずホッとした。

 

そしていよいよ、カネに物を言わせてエサ(青草が5本くらい)を2杯購入すると、群がるカピバラたちに一本ずつ与えた。

さすがは野生、美味そうな食い物を持っている人間には、従順である。

 

すると背後で、例の男性が飼育スタッフと談笑していることに気がついた。

(やっぱり、素人ではなかったのだ!!)

すかさずわたしは、プロに媚びを売った。

 

「カピバラ専門のかたですか?」

 

こんな聞き方をして、もしも違ったらとんだ恥さらしである。だがわたしには自信があった。

 

「えぇ、まぁ。基本的にはこの子たちがメインですね」

 

――ほらね。「この子たち」という言葉がスルリと出てくるあたり、かなりのカピバラ通と見た。

するとプロは、自身のスマホを取り出すと、様々な「この子たち」の動画を披露してくれた。

 

「これはね、僕の足にモリージョをこすりつけてきた時で・・・」

「これは、そこの木の根っこを引っ張り出しちゃった時で・・・」

 

推定1,000本を超えるであろう動画が保存されたフォルダから、お気に入りの一本を探し出しては説明してくれる彼は、まさにプロでありマニアなのだと感じた。

さすがにカピバラユーチューバーではなかったが、そうなれるほどの動画を撮りためているわけで、ほぼカピチューバーとして認定してあげよう。

 

 

エサやりタイムもあと5分で終わろうとした頃、優しい眼差しでわたしとたわむれるカピバラを見守る女性の存在に気がついた。

(・・・この人もプロだ。しかも、かなりのキャリアの持ち主)

その女性は、まるで我が子を見守るかのように、少し離れたところから眩しい目でこちらを見つめている。

 

「あらあら、もう帰りたいのねぇ」

 

ドアの前でソワソワするカピバラを見ながら、そう呟く彼女。わたしは再びプロにすり寄った。

 

「ここのカピバラは、どこから来たんですか?」

 

もはや、主(ぬし)であることを断定している質問である。これに答えられないようでは、当然ながらプロ失格。今すぐ出て行ってもらうしかない。

すると彼女は間髪入れずにこう答えた。

 

「伊豆シャボテン公園から来た3頭ですよ。あの2頭が姉妹で、この子は違うの」

 

わたしは、心の中で彼女にひれ伏した。間違いない、あなたこそがカワスイカピバラエリアの守護神です!!!

 

「わたしは今日、初めてここへ来たのですが、室内だけあって毛並みがキレイですね」

 

初心者であることをあらかじめ伝えた上で、弟子にしてもらおう…という作戦を試みた。

 

「そうなのね。私は毎日来ているけど、外のカピバラはあまり知らないので・・・」

 

二言目にして試合終了である。完全にノックアウトされた気分だ。

毎日、ここのカピバラを見守ってくださっている守護神と会えただけで、わたしは幸せである。

これからもどうか、この3頭を見守ってあげてください――。

 

 

カピバラマニアというのは、それを感じさせるだけの独特なオーラを纏っている。

言葉で表すのは難しいが、わたしは間違いなく見抜くことができるわけで、これは紛れもない事実である。

 

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