テレビンピック

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ーー最後にテレビをつけたのはいつだろう。

 

テレビ嫌いのわたしは、日頃からテレビを見ない。最後に見たのがいつかすら覚えていない。

 

可能性としては、台風や地震で都内が大変なことになっていないか、交通機関が止まっていないかを確認したのが最後の視聴だと思われる。

だがそれがいつなのかは覚えていない。

 

そして今回、オリンピックが始まったのでいそいそとリモコンを探してみた。

しかし見当たらない。

その辺に置いておくとホコリをかぶるので、どこかへ隠したところまでは覚えているのだが、それがどこなのかを覚えていない。

 

(大切なものを片付けると、場所を忘れるアルアルだ)

 

ウチは物が少ないので、隠し場所といってもたかが知れている。だが思い当たる場所を漁るも出てこない。

ーーそこまで必死にならなくてもいいか。

 

いずれSNSで結果や動画は流れるだろうし、そこまで見たい競技があるわけでもないので、リモコンを探すのを止めた。

往生際の良さがわたしの売りである。

 

探し疲れたわたしは、冷蔵庫からキンキンに冷えたほうじ茶を取り出しのどを潤す。

そしてほうじ茶を飲み干すと、再びリモコンを探し始めた。

 

誤解のないように説明しておくが、今回は「テレビが見たいから探している」のではない。

リモコンをどこへ隠したのか、気になって仕方がないので探すのだ。

 

リモコンを隠しそうな場所はすべてひっくり返して確認した。だが影も形も見当たらない。

さすがに捨てるはずはないので、絶対にどこかへ隠したはず。

長さ20センチのリモコン、一体どこへ。

 

ーーハッ!まさか!!

 

一箇所だけ見ていない場所がある。いや、間違いなくあそこだ。あの中に隠したに違いない。

 

それは、滅多に履かないRED WINGのエンジニアブーツの中だ。高さがちょうどいいからと、ブーツにリモコンを挿した記憶がある。

 

そして案の定、リモコンはブーツの中で眠っていた。

 

 

リモコンを見つけたからには、オリンピックがどのようになっているのかを確認しなければならない。

わたしは久しぶりにテレビの電源をオンにした。

 

いきなり映し出されたのは、レンジャー帰りの女性自衛官だった。

 

いや、嘘である。レンジャーに女性自衛官はいない。

テレビに映るその女性は、イタリアのソフトボール選手だった。ショートを守る彼女の顔に塗られた「アイブラック」を手でこすったのだろうか、ほっぺた全体に伸びており、まるで野外訓練中の自衛官に見えたのだ。

 

陸上自衛隊の野外訓練では「偽装」といって、顔をスイカ模様に塗りたくる。「ドーラン」と呼ばれるモスグリーンや黒色の油性おしろいで、身をひそめる草木と馴染むように肌色を消すのだ。

 

そのドーランを塗りたくったような頬のアップに、目が釘付けとなった。

 

ーーテレビっていつの間に、こんな毛穴まで映る時代になったんだ?

 

もはや4Kだか8Kだか知らないが、ものすごく細部まで鮮明に映し出される。とはいえウチのテレビはそれらに対応していないから関係ないのだが。

 

余計なことに気をとられるわたしは、競技うんぬんよりも汗や毛穴やドーランに目が行ってしまい、なかなか集中できない。

 

さらに、誰も座っていない観客席の椅子が映し出されると、そちらに関心を奪われた。

 

ーー誰も座っていないあの椅子たちは、オリンピック後に捨てらるのか?納品時と変わらぬキレイさで、いわゆる未使用新品状態にもかかわらず、尻の温もりを知らずに葬られるのか?

 

腑に落ちないままチャンネルを回すと、柔道をやっている。

しかし柔道の会場は、結構な数の関係者が入っているように見える。なんだこの差は。

 

さらに表彰式では、メダルプレゼンターとして棒高跳びのセルゲイ・ブブカと、同じくどこかの国の女性メダリストが登場。

ーーなるほど、こういうところで関係者が増えるのか。

 

選手やコーチといった、競技に直接関与する人以外の関係者というのが、大勢来日していることがわかる。

 

 

結局、競技と関係のないことに気を取られるわたしは、静かにテレビを消した。

 

それにしても、あの未使用の椅子たちの余生が気になって仕方ない。

 

 

Photo by 陸上自衛隊フォトギャラリー

 

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