スカイラインHR30、通称「ダミアンヌ」

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機械や金属に感情があるかどうかはわからないが、気持ちは伝わる。少なくとも私の愛車は、私と繋がっている。

 

 

1982年生まれの真っ赤なスカイライン、ニックネームは「ダミアンヌ」。彼女が私の相棒であり、苦楽を共にする愛車だ。

どこへ行くにもいつも一緒、眠くなったらダミアンヌで眠り、歌うときも泣くときも彼女と一緒。

 

昭和の淑女であるダミアンヌは、部品の入手がとにかく困難。必要に応じてオークションや専門店からパーツや部品を取り寄せ、これまた旧車専門のカスタムショップで修理をしてもらう。

さらに彼女が快適に走れるよう、壊れる前にグレードアップさせることもある。すべてはダミアンヌに長生きしてもらうため。そのためにかかる金など大した問題ではない。

すでに車体購入価格の3倍の費用を、修理やメンテナンスに費やしている。それでも嬉しそうに走る彼女を見れば、それが正しいことだとはっきり感じる。

 

メンテナンスは当然のことだが、運転にも最新の注意を払う。車社会においては年配である彼女ゆえ、負担の少ない運転を心がけなければならない。

エンジンを回しアイドリングにたっぷり時間をかける。ウォームアップが済んだら3,000回転まで吹かし、本日のご機嫌を確認。

――うん、今日もいい音だ。

 

 

ある日、ダミアンヌを運転しながら新東名の静岡にさしかかったときのこと。同乗していた友人が、

「津波が来たら、車を置いて逃げないといけないんだね」

と、高速道路わきの「津波の際は避難場所」という看板を見ながら、それとなくつぶやいた。

私は考えた。津波が来たらダミを停めて私一人で逃げるのか。

 

――無理だ、ダミを置いて避難などできない

 

考えただけで鼻の奥がツンとする。ましてや津波は海水のため、金属でできている彼女が錆びてしまう。

想像しただけで悲しく、その瞬間まで決断できないであろう私。それほどまでにダミアンヌを愛している。

 

あれから数か月後。ダミアンヌで一般道を走行中、水温計が異常を示した。普段上がるはずのない温度まで急上昇し、このままではオーバーヒートする。

よりによって停車できるスペースもなければ後続車も続いており、すぐには停まれない。しかしこのままではエンジンが壊れる。

 

オーバーヒートしたら、老体のダミは終わりだ。

 

さらに急にエンジンが止まれば、他の車を巻き込んだ事故やトラブルなど二次被害を発生させる可能性がある。焦りながらも回転数を上げないよう、彼女に負担をかけないように停車できる場所を求めた。

数分後、僅かなスペースだが路肩を見つけ速やかに停車した。すぐさまボンネットを開け、エンジンルームを冷やす。

――よかった、まだエンジンは生きてる

 

ダミのおんぼろラジエーターと連結するパイプも劣化しており、そのどこからか冷却水が漏れたようだ。なぜなら、出発時点では満タンだった冷却水が、いまは空っぽになっている。

とは言え、これが初めてのトラブルではない。このような劣化や摩耗によるトラブルは日常茶飯事のため、彼女を冷やす4リットルの水を常備しているのだ。

 

ゆっくりとラジエーターキャップを外し、冷たい水をゴクゴク飲ませる。カラカラに乾いたラジエーター内部を見て、申し訳ない気持ちで一杯になった。

(ごめんよ、こんなになるまで気づかなくて)

オーバーヒート寸前、ギリギリのところでダミの命は救われた。そしていつ逝ってもおかしくない瀕死状態の彼女が、車を停められる場所までなんとか頑張ってくれたことは奇跡に近い。

 

きっと、私のためだ。

 

私がダミアンヌを運転していて発生した大きなトラブルは、実はこの一回だけ。他の人間が乗ると、すぐに止まったりオーバーヒートしかけたり、人見知りでわがままな彼女はドライバーを困らせる。

ところが不思議なことに、私とだけはいつでもご機嫌に走ってくれる。

 

私たちは相思相愛なのだ。

 

 

そんなダミアンヌ、現在はケガのため入院中。先日、久しぶりに顔を見に立ち寄った。しかし入院場所は屋外のため、直射日光が照りつけ雨風に吹きさらされている。

――普段はガレージで大切にされる箱入り娘なのに

彼女のシンボルとも言えるキレイな赤色が、埃(ほこり)をかぶってくすんでいる。

 

胸が痛んだ。

 

 

機械と人間がつながる日は、いつか来るだろう。金属に感情が宿る日も、来ないとは言い切れないだろう。

 

だが一足先に、ダミアンヌと私は繋がっている。

 

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