ネイティブによる翻訳の実力

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とある作業で、方言による言い回しが必要な場面があり、熊本県出身の友人に助けを求めた。

 

 

執筆途中の原稿がある。そこに登場するキャラに、どこかの方言を使わせたいのだが、いまいちピンとこない。そもそも一人称の座りが悪いのだ。

「ワイ」

悪くない。だが長い会話を続けると、語尾やニュアンスにボロが出る。どうせならば茶化した雰囲気を保ちたいが、東京人には無理がある。

そして同じく、

「ワシ」

これも悪くない。しかしセットで使うであろう「じゃけぇのぉ」を頻発しすぎて、歯切れの悪い会話になってしまう。

 

そもそも関西人ではない人間が、頑張って使う関西弁ほど痛々しいものはない。とはいえ、関西出身の友人につられて「なんやねん」とか「あほちゃうか」など、明らかに冗談の範囲内で関西弁を使うことはある。

だが実際に文字にすると、その強烈な違和感に赤面せずにはいられないのだ。

 

(大阪弁、京都弁はやめよう。ありきたりすぎてつまらないからな)

 

自らにそう言い聞かせると、関西よりもさらに西へ移動して、九州の方言でキャラ設定することにした。

九州といえば博多弁が有名。「なんしようと?」とか、よく聞くフレーズである。だがここでふと思い出すことがあった。福岡県出身の友人が、

「なんしとーと?」

と言っていたのだ。あえて強調する形で「なんばしよーと?」というのを耳にしたことはあるが、「なんしようと?」と「なんしとーと?」の違いが分からない。

 

たかが「よ」と「と」の違いだが、ここにはネイティブにしか分からない、圧倒的な違いがあるはず。

いや、住んでいる地域の差とでもいおうか。ここを無視して会話を作れば、一発で暴かれる「似非博多弁」になる恐れがある。そんな恥ずかしい真似はできない。

 

さらに、博多弁の一人称は標準語と同じである。若い女性が「うち」と呼ぶこともあるらしいが、私のキャラは男であるため使えない。

これらのことからも、博多弁は無理があると判断し、さらに南下することにした。

 

(ただ南下するだけではダメだ。翻訳できるネイティブを捕まえられる県でなければ・・・)

 

地図を眺めていると、熊本県に目がとまった。そうだ、ここならば友人がいる――。

くまもんで有名な熊本は、特徴的で温かみのある方言を使う。さっそく友人にメッセージを送り、ヘルプを要請した。

 

しかし、東京に出てきて20年が経過する友人。普段は標準語を使いこなし、地方出身者であるとは思えない流暢な関東弁を披露している。

故に本人も、さすがにネイティブのようにはしゃべれないとのこと。それでもいいから、とりあえず会話が変じゃないか、無理に背伸びしていないかを確認してほしいと頼んだところ、

「なかなか難しかばってん、とりあえず見てみるばい」

と返信があった。

 

思わず鳥肌が立った。完璧じゃないか、あまりに完璧すぎて涙が出そうである。これほどガチな熊本弁をあやつるとは、まだまだ東京に魂を売っていない証拠。

すると間髪入れずに、さらに難易度の高い例文が送られてきた。

 

「そこらへん、さるきよるですばい」

 

(そこら辺、猿来よるですバイ?)

 

「ぎゃん行ってぎゃん行ってぎゃんでしょ」

 

(ぎゃん??)

 

「熊本弁で返事すると、変換がちゃんとならんけん、めんどくさかたいね」

 

(・・・おぉ、素晴らしすぎる!!!)

 

こうして私は、標準語で書き上げた原稿を友人に送り、見事な熊本弁に翻訳してもらった。

最初のうちは遠慮がちに語尾を修正する程度だったが、そのうち勢いに乗って来たのか、自ら修正を申し出るようになった。

 

「なに言ってんだコイツ?相当ヤバイ女だな」

 

このセリフについて、語尾を「ばい」に変えるだけでも熊本弁らしくなるのだが、ネイティブはそれだけでは許せないらしく、

 

「なんば言いよっと?とつけもにゃー女ばい!」

 

と、原形をとどめない形で変換してきたのである。これはあまりに突き抜けすぎて、熊本県人でなければ意味が分からない可能性もある・・・。

 

私的には、「ちょっと方言が入っていて、かつ、ネイティブが読んでも納得できるもの」という程度に考えていた。

だが、地元愛に溢れるネイティブに翻訳を依頼するということは、国を挙げての大仕事につながるわけで、手抜きなどできない。

 

それゆえ、「したばい」と「したとばい」というたった一文字の違いに、どれほどの差があるのかなど、よそ者には分かりようもないソウルなのである。

そしてこれこそが、その地に生まれ育った者だけが身につけることのできる、本物の言語なのだ。

 

(しゃあなか、これで行くばい)

 

©2010熊本県くまモン

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