美容女子である後輩は、常にいい匂いを発している。しかもそれは、香水や化粧品などの鼻につくニオイではなく、おそらく多くの者が「いい匂い!」と感じるであろう自然な香りなのだ。
そこでわたしが、「いつもイイ匂いするよね」と伝えたところ、「これじゃないかな、オーガニックのヘアオイル」といって、一本の筒を手渡してきた。どうやら、これを髪につけるとイイ匂い女子になれるだけでなく、キューティクルが整いツヤツヤヘアになるのだそう。
(おぉ、そんな一石二鳥のアイテムがあるのか)
そこでさっそく、後輩の指示に従い2プッシュを手のひらにとると、両手でこすり合わせて満遍なく広げたのちに頭を撫でてみた。
(・・内側の髪にも付着させよう)
オイルなので、どのくらい髪の毛に塗布すればいいのかがよく分からない。シャンプーのように髪全体に行き渡った感覚もないし、表面のみに擦りつけるのも違うだろう——というわけで、わたしは全ての髪の毛に加えて頭皮にも塗り込むことにした。
(それにしても、オイルっていうのは付着した感じが全くないな・・)
せっせと頭髪を揉みしだきながら、ついでに頭皮マッサージをしていたところ、その姿を見た後輩が「頭皮にはつけなくていいから!」と、爆笑しながら教えてくれた——なんだ、頭皮マッサージは不要なのか。
オイルが髪の毛全体に行き渡ったであろう頃、わたしは一つの疑問というかトラブルと直面していた。それは「手のひらが油でベタベタ」という、当たり前の事態に遭遇したのだ。
このままでは、髪の毛を乾かすべくドライヤーを使いたくても、持つ部分がベタベタになるため手に取ることができない。よって、ハンドソープで油分を落とすしかないのだが、それでも髪の毛に触れれば再び付着するわけで、永遠にベタベタするんじゃないか——ん、待てよ。
その時わたしは、ヘアオイルの一石二鳥ならぬ”一石三鳥”の使い方を発見した。それは・・手のひらに残ったオイルを、顔面に塗り込むことで肌に潤いを与えるという作戦だ。
見るからに(聞くからに?)良い方法とは言えないが、乾燥肌のわたしはワセリンが見当たらない際にはリップクリームを顔に塗りたくるほど、なんでもいいから油系の物質で水分の蒸発を防いでいる。この習性からすると、ヘアオイルも油なのだからリップクリームよりも馴染みやすいのではなかろうか、と考えたのだ。
ところが・・というか案の定、その光景を見ていた後輩は悲鳴のような叫び声とともに、「えーーっ、顔に塗っちゃダメですよ!!」と制止してきた。
(まぁ、一般的にはそうなるわな・・)
結局、石鹸で手を洗いヘアオイルを落とすと、まだなんとなくオイリーな手でドライヤーを掴んで乾かし始めた。そして「この若干のべたつきは、どうやって落とすんだろう」と、次にこのドライヤーを使う者の心配をしながら、美容というものの難しさを体感するのであった。
*
余談だが、わたしの友人でアンチエイジング専門のクリニックを経営するドクターがいる。言うなれば「健康で美しい肌の専門家」なのだが、そんな彼がもっとも嫌うのは、「皮膚に何かを塗布することで、美や保湿を図ろうとする行為」なのだ。
理由は簡単、「皮膚の表面を覆っているバリアを壊すから」——。
ちなみに、美容液やクリームがなぜ保湿の役割を果たすのかというと、”保湿成分が皮膚内部に浸透するから”という仕組みは、誰しもが理解しているだろう。だが、なぜそれらの成分が皮膚の内部へ浸透するのかというと、皮膚の表面にある「バリア」を破壊して送り込んでいるからなのだ。
その結果、水分の蒸発を防ぐはずのバリアが機能しないため、いつまでたっても肌は乾燥し続けることとなり、「カサカサしてきたから、早く保湿しなくちゃ」と再び美容液なりクリームなりを塗ってバリアを壊す・・を繰り返すのである。
哺乳類であるニンゲンは、自らの皮脂で保湿ができる生き物であるにもかかわらず、バリアを破壊してまで保湿成分を注入するなんてもったいない——というのが、ドクターである友人の見解。
とはいえ、そんなことを声高に触れ回れば化粧品業界を敵に回すこととなり、いくら正しいとはいえ世間に広めることはできない。最悪の場合、命の危険すらあるわけで——。
・・そんなこんなで、イイ匂いのする美容女子への道は遠く険しいものであることを体験したわたしは、これまで通り化学物質の恩恵を受けることなく、野性の生活を続けるのであった。
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