隣の銀は高い

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先日、クリスマスイブに災害用アルミシートのようなジャケットで出かけたわたしは、あれ以来、度胸がついたせいか毎日アルミをまとっている。もはや恥ずかしくもなんともない。

「なんか、一人だけ輝いてる(笑)」

となりを歩く友人がこちらを見て笑う。冬の澄んだ日差しに目を細めるわたしを、さらに細い目で見ながらケラケラ笑う友人。――あぁ、そうか。わたしは自分の姿が見えないから、輝いてるかどうかすらわからないんだ。

 

それにしても、新宿西口を歩く人々はダークな色合いのコートばかり。ただでさえ灰色の世界なのに、そんな暗い色の服を着ていたら気分も落ちるだろう。

その点どうよ?わたしは銀色に輝いているじゃないか。太陽の光を反射したジャケットが、アスファルトをピカピカと照らしている。

暗い世の中を照らす、女神のような存在ってわけか。

 

「被災者っぽい(笑)」

まだケラケラ笑う友人がこう付け足した。被災者ってなんだよ!たしかに、被災地で配られる銀色のアルミシートがこれなのだが。

まさか、すれ違う奴らがジロジロ見るのは被災者っぽいからなのか?そんなはずはなかろう――。

 

とその時、まさかの奇跡が起きた。正面からまったく同じジャケットを着た男性が歩いて来たのだ。アジア系と思われるその男性とわたしは、お互いの存在に気づいた瞬間とっさに目を反らした。そしてわたしは無言で右に曲がった。相手の男性も多分、右に曲がったように見えた。

わたしは友人に悟られないように、平静を装いながら振り向くことなく駅に向かって歩き続けた。

 

(なんてこった。あいつもGAPで買ったのだろうか。はたまたそっくりなバッタもんか?いずれにせよ、こんなジャケットが2人もいたらペアルックにもほどがある。ここはスキー場じゃないんだ!)

 

 

赤坂で仕事の打ち合わせをした。二人の弁護士とテーブルを囲み、難しい会議を終えた帰り際のエレベーター前で、先輩弁護士の格好を見たわたしはこう言った。

「先生とわたし、服装がほぼ同じですよ。しかもこの銀色まで!」

そう、先輩弁護士は銀色のスニーカーを履いていたのだ。まさにアルミホイルに靴紐を通したかのような、鈍いシルバーの光を放つスニーカー。わたしは喜んで自分のジャケットをチラつかせる。

「一緒にしないでよ、僕のはドルガバだから」

その瞬間、地に叩きつけられたかのような敗北感を味わった。な、なんとそのアルミホイルはドルガバでしたか――。

 

ドルガバがなんぼのもんじゃい!と威勢よく跳ね返したいところだが、さすがにドルガバとGAPでは値段のゼロが一つ違う。

このわたしだって、かつての愛用ブランドはドルガバだった。アレクサンダーマックイーンやプラダなんかも好んで着ていた。なぜならその当時は、ハイブランドを身につけることこそがステータスと思っていたからだ。

若かりし頃、無理してリボ払いで購入したそれらの高級品は、今じゃどこにあるのかもわからない。いや、もうどこにもないだろう。あったところで腕も足も通すことができないわけで、どのみち捨てる運命にある。

 

だが今のわたしはどうだ。オシャレのオの字も見当たらず、ユニクロとGAPを愛用する凡人である。青山にあるドルガバのフラッグシップ店を通過しても、ショーウィンドウに目をやることすらない。なぜなら、欲しくなったところで買うカネがないからだ。

しかしこの先輩弁護士は、ごく普通にドルガバの銀ピカスニーカーを履きこなしている。カネに余裕のあるこの人にとったら、こんなスニーカーの一つや二つ、なんてことはない。

 

その時わたしは確信した。

この銀色のジャケットが恥ずかしいんじゃない。銀色のジャケットがドルガバじゃないから恥ずかしいんだ――。

 

ブランドというのはちっちゃなロゴが入っているだけで、値段の桁が変わるほどの威力を持つ。たしかに素材や作りは、安物でも似たようなものだろう。だがブランドタグが付いているかいないかで、見る側も着る側も意識が変わるのだ。

もしもこの銀ピカジャケットがドルガバだったとしよう。そしたらむしろ堂々と、D&Gのマークを見せつけながら無駄にその辺を闊歩するだろう。そんな眩しいわたしを見る凡人どもの目は、羨望と嫉妬にまみれ指をくわえて悔しがること請け合い。しかしわたしは哀れな民を横目に、颯爽と銀色を翻しながら過ぎ去るのだ。

 

圧倒的な敗北感にうなだれるわたしなどお構いなしに、エレベーターのドアが静かに閉じていった。

 

サムネイル by 希鳳

 

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