カピバラがくれたレアなギフト

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わたしは今日、カピバラに会って来た。

カピバラという生き物は、とても不思議な魅力を持っている。他の齧歯類(げっしるい)と比べても、一般的にいうところの「可愛さ」「キュートさ」というものは、あまり確認できない。

それどころか、誤解を恐れずに言うならば、「ブサイク」「愚鈍そう」といった、ネガティブな表現でこそ輝く特殊性を兼ね備えている。

 

少なくともわたしは、ブサイクで愚鈍、加えて、無表情で不機嫌そうなカピバラが、大好きである。

 

 

足を踏み入れたるは、アニタッチみなとみらい

横浜方面など滅多に来ないが、はるか彼方まで続くビルの間から見える青空は、まるで異国の地にいるかのように感じた。

キラキラと輝く運河、計画的に作られた新しい街並み。行き交う人々も、どこか洗練された雰囲気を纏っており、シロガネーゼのわたしでさえくすんで見える。

 

街の感想は置いておいて、入店するとすぐにわたしはカピバラの元へと向かった。

 

それにしても、今日のコーディネートは完璧である。カピバラの鼻と口がプリントされたマスクに、なめし革でできたカピバラのキーホルダー。

他の客は皆、つまらないマスクにどうでもいいキーホルダーしか付けておらず、誰一人としてカピバラ愛を放つ者はいない。

 

こういうところで、真のファンかにわかファンかが見えてしまうもの。まぁいい、カピバラには伝わるはずだ。

 

(わぁ!!カピバラだ!!)

 

まるで子供のようにはしゃぐわたし。なぜなら目の前には、リアルカピバラが6頭も転がっているのだから!

 

普段はもっぱら、SNSを介してカピバラを愛でている。その範囲は国内にとどまらず、海外にまでアンテナを張り巡らせており、カピバラ愛だけで記事を書いてしまうほどの熱狂ぶり。

だがやはり、手の届く距離にカピバラがいるかいないかの差は大きい。さらにはアクリル板や金網といった障壁がなく、直に触れられる環境というのは、どれだけデジタル化が進んでも超えることのできない価値がある。

 

じつは今回、心に強く決めていたことがある。

それは、誰よりもエサを買い、誰よりもカピバラに懐いてもらうことだ。

 

これは、見た目以上に大変な目標である。人間ならば、愛想笑いやゴマすりでどうにか操れることもあるが、相手は動物。

しかも愛玩動物などではなく、アマゾン川の荒波に揉まれて育った、野生の血あふれるカピバラ。

つまり、野生の法則に従って、食べ物で釣るしかないのだ。

 

わたしはすぐさま200円を取り出すと、エサを購入した。といっても、田舎の道端に生えていそうなイネ科の草が6~7本だが。

しかし「これではすぐに終わってしまう」と焦ったわたしは、慌ててもう一つ、追加購入した。

 

(今日だけはカネを積む必要がある。カネに物言わせてカピバラを侍らせるんだ・・)

 

シロガネーゼの血が騒ぐ。

エサを買い占めたっていい、とにかくカピバラにチヤホヤされるのだ――。

 

すると一頭のオスが近づいてきた。

飼育員がエサの扉を開けた時点で、奴はノッシノッシとこちらへ向かっていたわけで、他のカピバラに比べて「食への執念」が強いのだろう。

わたしは早速、オスカピにイネ科の草をチラつかせた。

 

(おっと、鼻の穴に入ってしまった・・)

 

「早くくれよ」と言わんばかりに顔を近づけてきたオスカピは、鼻の穴に草が入ってもお構いなし。

一瞬、不快な表情を見せるも、すぐさま草をむしり取るとモシャモシャと吸い込んでしまった。

 

(あっちでお風呂に入っているカピにもあげなきゃ)

 

わたしの今日の目標は、ここにいる6頭のカピバラ全員から、チヤホヤしてもらうことである。よって、このオスカピだけに草を与えることはできないのだ。

 

そこでわたしは立ち上がると、湯船につかるカピたちの元へと向かった。

とその瞬間、まるで小型プレス機に挟まれたかのような、ものすごく強力な圧力を太ももに感じた。

わたしは「誰かが硬い木べらで、太ももの肉をそぎ落とそうとしているのだ」と思った。だが誰が何のために、そのようなことをするのか?

 

すぐさま視線を落とすと、そこにはなんとオスカピがいる。そして、わたしが手に持っている草を奪おうとして、必死に口を動かしているのだ。

 

(なるほど。この草を食おうとして、誤って太ももにかじりついてしまったのか!)

 

いま一度さっきの衝撃を思い出す。

「歯」というほどの鋭さは感じなかったが、改めて考えると、あれは紛れもなく「草食動物の歯」の感触である。

かつて馬に手を食われたことがあるが、あのときの圧力に似ていたからだ。

 

そういえば先日、どこぞのカピバラが子供を噛んでしまったというニュースが流れた。それを聞いた一般人らは、

「いつも寝ていて、おとなしそうなのに」

「温厚で、怒ることなんてなさそうなのに」

などと、勝手な思い込みを吐露していた。

 

だがわたしは、今回、カピバラに甘噛み(?)されたことを非常に喜んでいる。なぜなら、こんな貴重な経験は滅多にできないからだ。

 

仮にこれで、出血したりズボンが破れたりしたら大事である。しかし無傷な上に、カピバラのリアルな咬筋力を体感することができたわけで、こんなラッキーなアクシデントはない。

――そうだ、これこそがカピバラからのギフトに違いない。

 

あの圧力こそが、温泉でぼーっとしているカピバラの本気なのだ。

草を奪おうとして、その近くに生えていた木の幹までかじってしまうのが、野生動物なのだ。

 

やはりカピバラは、魅力多き生き物である。

 

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