深夜、自宅前に変質者のオッサン現る

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なにが言いたいのかというと、「余計なことはしないほうがいい」ということだ。

 

普段ならば、わたしは自宅でおとなしくチャイムが鳴るのを待っていた。だが今日は、ちょっと気を利かせて一階まで下りてしまったのだ。

だって、そうだろう。友人がわざわざケーキを届けてくれるというのに、偉そうに部屋でふんぞり返って待つことなど、できるはずもない。わたしのための美味しいタルトを3つも購入し、

「箱は大きいけど、中身はそんなに大きくないから期待しないでね」

などといじらしいメッセージを送ってくるほどの、心優しい女神なのだから。

 

 

わたしと彼女の家は徒歩一分の距離にある。「今から向かうね」というメッセージを受けたわたしは、すぐさま玄関を出た。エレベーターが来るまでの間、友人のマンションを眺めながら、もう少しで手に入るタルトをイメージしていた。

(しかも3つも食えるのか・・・悪くない)

そしてエレベーターを降りると、エントランスを通り過ぎて道路へと出た。友人が来るであろう方向を見るも、まだその姿は見えない。

 

道の真ん中で立っていると、上のほうから水が流れる音が聞こえてきた。誰かがシャワーを浴びているのだ。

しかし我がマンションの風呂場には、窓などついていない。いや、もしかするとわたしの部屋にはついていないだけで、窓付きの風呂場もあるのかもしれない。

とりあえず、音のするほうへと足を引きずりながら近づいてみる。どうやら、二階か三階あたりからシャワーの流水音が聞こえる。しかもこの角度はわたしの部屋とは逆サイドのため、もしかするとこの位置にある風呂場には窓がついているのかもしれない。

 

(・・フン、まぁいい)

 

滅多に風呂になど入らないわたしからすれば、風呂場に窓があろうがなかろうが大差ない。窓といっても、ほんの数センチ小さな扉が開くだけのこと。たとえるならば、城に幽閉された姫がわずかな隙間から空を眺める程度の開き具合である。

よって、お飾りの窓の必要性など微塵も感じないのである。

 

上げていた顔をふと道のほうへと戻すと、いよいよ友人の姿が見えた。遠くからでもハッキリと分かる、美しいボディラインとストレートのロングヘア。あれで全身ユニクロだから驚きである。

そして水色の大きな紙袋をさげている。まちがいない、あの中にタルトが3つ入っているのだ!

 

そこでわたしはゆっくりと向きを変えると、右足を引きずりながらユラユラと友人に向かって歩きだした。

この場合、足を引きずっているからこそ、遠くからでもわたしだと分かるはず。なんせ「膝を怪我したお見舞いに」タルトを持ってくるのだから、怪我人アピールをしておいたほうが彼女も喜ぶだろう。

 

友人との距離が5メートルほどに迫る。しかし彼女はわたしに気付いていない。――まぁそうだろう。いつもは部屋で待っているわたしが、今日に限って道路まで出てくるとは、想像だにしないはず。

そして、わたしの存在に気が付いた途端に、驚愕して取り乱す彼女の顔を思い浮かべながら、グイっとさらに一歩、彼女へと近づいた。

(・・・ん?)

その瞬間、彼女は顔を背けるとスッと道端へと避けたのだ。街灯に照らされた美しい横顔は、恐怖に怯えているようにも見えた。――冗談にもほどがある。なぜ無視をするのだ?わたしにケーキを届けにきたのではないのか?

 

すると彼女のすぐ後ろに、ほろ酔い気分の千鳥足カップルが現れた。その瞬間、わたしはすべてを理解した。

(なるほど、こいつらに悟られたくないということか!)

なんらかの理由で、このカップルに自分の存在を知られたくないのだ。健康美を競うコンテストで全国大会常連の彼女は、こんな夜中に全身ユニクロで徘徊する姿を、ファンや関係者に見られたくないのだ。だからこそ、とりあえずこのカップルを巻いてから戻って来る作戦に出たのだ。

 

(オッケー、任せてくれ!)

 

わたしの目の前をフラフラと通り過ぎるカップルをにらみつけながら、わたしは友人の後ろ姿を見送った。どうやらスマホでメッセージを入力している様子だが、残念ながらわたしはスマホを持ってきていない。

だがそれでも問題ない。キミの考えはすべて読み取っているのだから。

 

突き当たりまで歩いた彼女は、小さく振り向いた。いかんせん暗がりのためハッキリとは見えないが、スマホを手にしながらこちらをチラチラと確認している。

(カップルは曲がってしまったし、もうそろそろ戻ってくればいいのに・・)

100メートルほどの距離を隔てて、わたしと友人は向かい合っている。それなのに彼女は、またしても姿を消してしまったのだ。

 

(なぜだ?何かほかに気になることでもあるのか??)

 

不安を覚えたわたしは、すぐさまエレベーターに乗ると、スマホを取りに部屋へと戻った。そして数分前に届いたメッセージを開くと、そこには目を疑うような事実が刻まれていたのだ。

「URABEのマンションの前に、変なオッサンが立ってるから、一周してから行くね」

空いた口が塞がらない。これは紛れもなく、わたしのことである。どういうことだ?付き合いも長い彼女が、このわたしを見間違うことなどありえない。

ではなぜ――。

 

とりあえず大急ぎでエントランスへ戻ると、ちょうど友人が到着したところだった。

「よかったぁ、さっきここに変なオッサンがいてさぁ」

ひどく怯えながら話しだす友人。わたしは笑いながら「それ、アタシだよ」と返したところ、

「ううん、違うよ。なんかユラユラと変な歩き方しながら、こっちに来るから怖くてさぁ」

と、青ざめた表情で語ってくれたのだ。

 

(・・・うん、間違いない。それはワタシだ。)

 

 

やはり、普段通りにしていることが一番なのだ。変に気を利かせようとするから、おかしなことになるのだ。

Illustrated by 希鳳

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