(今日はクラムチャウダー日和だな・・)
ゴロゴロと存在感を示すアサリとジャガイモをスプーンでつつきながら、遠い目で昔を思い出すわたし。クラムチャウダーが特に好きなわけではないにもかかわらず、たまたまクラムチャウダーを注文したときの思い出が事件となったわけで、それ以来、好んでクラムチャウダーを頼むことはなくなった。
そんないわくつきの白いスープだが、本日最初に”クラムチャウダー事件”を思い出すきっかけとなったのは、友人がこぼした日焼け止めクリームだった。
顔面にせっせと日焼け止めクリームを塗り込む友人は、気づかぬうちにクリームをズボンに飛ばしていた。黒い生地だったことから白いクリームが際立って目立ち、慌ててティッシュで拭き取る・・という対処をしたが、日焼け止めクリームは意外と落ちなかった。
内容成分として、紫外線吸収剤や紫外線散乱材が入っていること、シリコンやミネラルオイルといった油性成分でできていることに加えて、汗で落ちないように撥水性が強化されていることが災いして、繊維の隙間にしっかりと入り込んでしまったのだ。
それでもどうにかしようと、洗剤やメイク落としを使ってポンポン叩くことになるが、同時にズボンの生地自体が色落ちする可能性もあり、やり過ぎるとズボンを捨てる羽目になる。その塩梅が難しいので、できるだけ日焼け止めクリームを黒いズボンに飛ばさないように注意するしか、対処方法はないのである。
そんな、黒いズボンに付着した白い日焼け止めクリームを見ながら、わたしは10年前に起きたとある事件を思い出した。
機内持ち込み可能な非売品の黒いキャリーケースを支給されたわたし。素材はバリスティックナイロンで出来ており、タフで軽い上にキャスターの転がりもスムーズ。一応、海外での試合用として与えられたものなので、普段から使い過ぎてボロボロになっても困ることから、しかるべき時まで保管していたある日、いよいよキャリーケースの出番がやってきた。
(いよいよこいつの出番だ、機内に持ち込めるから便利だな)
そして、出国前のランチに付いていたクラムチャウダーをすすりながら、友人との会話に花を咲かせていたところ、よそ見をしたわたしはスープをこぼしてしまったのだ。
正確には、ドバっとこぼしたというよりスプーンから垂れた程度だったが、よりによって新品のキャリーケースに着地したため、バリスティックナイロンでできた繊維のすき間を縫って、奥深くまでクラムチャウダーが浸透するのではないか・・という恐ろしい不安に駆られた。
(やばい、どうにかして拭き取らなければ・・)
とりあえず、テーブルに置いてある紙ナプキンをコップの水で濡らして、生地の表面に付着したクラムチャウダーを拭き取るも、紙ナプキンの破片が繊維の奥のほうまで入り込んだあげく、スープまでをも押し込んでしまった模様。
(ゴシゴシしてはダメだ、余計に塗り込むことになる・・)
ならばと、紙ナプキンでポンポンと表面を叩くようにして、染み込みつつあるクラムチャウダーを吸収させることを試みるも、紙ナプキンごときではうまくいかない。染み抜きや汚れ落とし専用のアイテムがあれば、少しは違うかもしれないが、出国前にそれらを探す余裕もない。
(とりあえず、適当な量の水を生地に垂らして、染みこんだクラムチャウダーを薄めるしかないか・・)
凡人が考える染み抜きなど、せいぜいこの程度である。おまけに、キャリーケースの内側は丈夫なクッションで覆われているので、さすがにそこまで水分が染み出てくることはない。よって、外側の生地の表面をポンポンするくらいしか、なすすべはないのであった。
——こうして、見た目的にはなんとなくクラムチャウダーを拭き取れた感があったので、帰国してからも特にケアすることなく、次の出番までクローゼットの奥で眠らせていたキャリーケース。
それを、久々に引っ張り出す機会がやってきた。
(・・・・・・)
おそらく、このオチを予想できた者は多いだろう。そう、数カ月前にクラムチャウダーをこぼした部分に、ビッシリとカビが生えていたのだ。
ちなみに、汚れの跡は水で拭き取ったため当時は目視すらできなかった。にもかかわらず、スープがこぼれたであろうままの形にカビが生えているのだから、これは紛れもなく繊維の奥まで染みこんだクラムチャウダーが原因である。
そして、もはやこのカビを除去してまでキャリーケースを使おう・・という気になれないわたしは、ほぼ一度しか使っていない非売品の貴重なキャリーケースを、そっとごみ置き場へ運んだのである。
*
——という10年前の事件を、本日のランチのセットで付いてきたクラムチャウダーをつつきながら、改めて想起するのであった。
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