家庭内騒音を止めさせる、唯一無二の方法。

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想像したらかなり笑える光景だが、これはたしかに効果覿面(てきめん)である、と思わざるを得ない「対処法」を教わった。

わたしは殊に物音に敏感な性質である。カフェや雑踏でのガヤガヤ音は気にならないが、本来あるべき静寂が破壊されるような物音には過敏に反応してしまうのだ。

しかし他人を黙らせることは容易ではないため、自分で自分の身を守るしかない。というわけで、我慢ならないときはその場から離れたり、あるいはヘッドフォンで音楽を聴いたりして、なんとか冷静さを保っているのである。

 

では、一緒に住んでいる人間が騒音を発する場合、どうすればいいのだろうか?

 

たとえばシェアハウスや同居人ならば、お互いにルールを設けて自宅の治安を守ることができる。だが恋人との同棲や夫婦の場合、なかなかそういったルールを打ち出すことは難しい。

ただでさえ、

「ちょっと、靴下脱ぎっぱなしにしないでよ!」

「トイレのフタは下げてと言ってるでしょ!」

などなど、家庭内文化も生活習慣も異なる人間同士が共同生活を送るとなれば、それなりに不具合が生じるもの。そこへきて、音についての苦情が発生するとなると、これはもはや回避不可能な事件となりかねない。

 

「広い家に住めばいいんだよ」

そう友人は言う。だがたとえば、1階と2階で二世帯住宅のような暮らしを送るならば別だが、同じ家で暮らすとなると、やはり生活音は共有しなければならないわけで、騒音被害から逃れることはできない。

無論、発生する音が「会話」だけならば問題ない。わたしを含めた音であり、同じレベルで時間を共有しているからだ。

しかし、同じ番組を見ていて、わたしが笑わないところで笑ったりすると、それはもうイラっとする。挙句の果てには、わたしが面白いと思わない番組を視聴し始めたりすると、それはもはや騒音以外のなにものでもないわけで。

 

とはいえ、そういう場合はイヤフォンの装着を義務付ければいい。同じ空間に居ながらにして、無駄な騒音被害を被ることなく、お互いがそれぞれ自由な時間を過ごせるのだからwin-winな解決策といえる。

ところが、平和な静寂を切り裂くかのように、下品な笑い声が室内をこだました瞬間、わたしの堪忍袋の緒が切れるのだ。

「うるせぇんだよ!!!」

まぁそんなことで、わたしは、他人と一緒に暮らすということに不向きな人間であることは間違いない。

 

そして、室内における不可抗力の音といえば「いびき」が挙げられる。あればかりは本人に悪気があるわけではないので、どんなに怒り狂おうが解決には至らない。さらに本人も気を使って、鼻腔を広げるテープを貼ったりマスクをしてみたり、それなりに誠意を見せてくれるから怒るに怒れないのだ。

そこへ「寝言」が加わるとたちが悪い。はじめは寝言に対して答えたり質問し返したり、返事がなくなると叩き起こしたりしていたが、そのうちつまらなくなってやめた。その様子を動画撮影して本人に見せたりもしたが、まぁ解決にも軽減にもならないので諦めたわけだ。

 

さらにイラっとくる音は「口笛」や「歯笛」といった、もはや楽器に近い音である。これは当然、起きているときに発せられる音のため、「うるさい」といえば止めてくれる可能性が高い。

しかし、口笛を吹いている側からすると「いま気持ちよく吹いてるところなんだから、我慢しろよ!何時間も吹いてるわけじゃないんだし」と思うのだろう。

「ほかの曲にしてよ」

友人も、はじめはこのように曲を変えるリクエストをすることで、イライラを抑えていた模様。だが口笛を吹いている配偶者は、そんなリクエストは無視で自分が奏でたい曲を吹きまくるのだ。

 

夫婦というのはある種の契約を交わした関係であり、ちょっとやそっとのことで婚姻状態を解消することはできない。とはいえ、こういう小さなストレスが重なることで、大きな悲劇を招きかねないわけで、放置するのは精神衛生上よくないことである。

そこで友人は考えた。どうすれば衝突を避けつつ、口笛を止めさせることができるのか——。

 

そして思いついた方法とは、「こちらも口笛を吹くこと」だった。しかも曲に合わせてハモったりした日には、相手は気持ちよくなるどころかイライラが爆発して口笛をやめてしまうのだそう。

たしかに、無意識に近い感覚で口笛を吹き始めたところ、そこへかぶせるように他人の口笛がカットインしてきたり、曲に合わせて勝手にハモられたりしたら、「なんで勝手に入ってくるんだよ!」と不快に思うのは当然。

「その後、二人は仲良く手を取り合い、口笛の美しい音色を響かせたのでした。お終い。」

・・とはならないことくらい、想像に難くないわけで。つまり、相手の行為のさらに上を行けばいいのだ。

 

これはある種の「オウム返し」を応用したテクニックといえる。人は誰しも、執拗にオウム返しをされれば腹が立つもの。あくまで自分が発している言葉を反復されているにすぎないが、それでも会話が成立しない苛立ちは、口を開くことすらバカバカしくなる。

よって、気持ちよく口笛を独奏している配偶者に対して、こちらも口笛をかぶせることでイライラを発生させ、しまいには口笛を諦めさせるという高等テクニックなのだ。

 

 

駅のホームで口笛を吹いているヒトを見かけたら、近づいて勝手にハモってその後の動向を観察してやろうと、密かに企むわたしであった。

 

Illustrated by 希鳳

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