筋肉質なフォルムの見慣れぬ来訪者に対して、ボリュームたっぷりのヒップを向けつつ警戒心を高めるオンナがいる——その名は、マロン。
そんなピリピリした彼女の心を溶かすには、こちらも本能をさらけ出す必要がある・・と踏んだわたしは、あえて露出度の高い服装で初対面の瞬間に備えた。
わたしは、多くの人から「筋肉がすごいね」という類の誉め言葉をもらうのだが、残念ながらそれを誇らしいとは思っていない。むしろ、スラっと華奢なフォルムに憧れているわけで、筋肉などクソの役にも立っていないと感じているのだ。
その証拠に、男性陣からは「第三の性」呼ばわりされる始末で、女性として生まれたにもかかわらず女性扱いされない、哀れな人生を送っているのである。
そんな残念なオンナであるわたしは、待ちに待った”マロン”との初対面を果たすこととなった。
マロンは野性味あふれるオンナではあるが、その実とても繊細な心の持ち主でもある。よって、まずはこちらから動物的な部分をアピールし、遺伝子レベルの共感を得ることで打ち解けようじゃないか・・という作戦に出た。——そう、持ち前の筋肉をむき出しにすることで、なんとなく仲間意識を持ってもらう策を思いついたのだ。
まさかこんなところで筋肉が役に立つとは思いもしなかったが、言葉の通じない者を相手にする場合、やはりフィジカルで攻めるのが手っ取り早い。そもそも、彼女は毛皮のコートを着ているとはいえ裸同然。よって、こちらもなるべく布面積を減らすことで、着衣の環境を揃えて違和感をなくすのが当然のマナーでもある。
——おっと・・紹介が遅れたが、謎のオンナ・マロンの正体は、名古屋在住のカピバラである。
SNSやライブ配信ではほぼ毎日顔を合わせている我々だが、実際に面と向かって挨拶を交わすのは今日が初めて。そのため、ここで失敗をすると後のダメージが大きいことからも、絶対にミスが許されない重要な局面といえる。
そこで思いついたのが、「野性的なフォルムを全面的にさらけ出し、動物的本能を刺激することで親近感を持たせる」というアイデアだった。これならば言葉が通じなくとも、なんとなく「共通の認識」のようなものが生まれるのではなかろうか——。
ヒトとカピバラはまるで異なる生き物ではあるが、地球上で生命を維持するという観点からすれば同類。ならば、生きる上での上下関係や仲間意識をちらつかせることで、より迅速に良好な関係を構築できるはずである。
だからこそわたしは、髪の毛をカピバラ色に染めて親近感を演出し、衣服もカピバラと同系色のベージュとブラックで安心感を醸し出し、本能的に同類であることを認知させるためにも、事前にパンプアップを済ませた状態でマロンの前に現れたのだ。
無論、敷地内に足を踏み入れた瞬間の警戒心はかなりのものだったが、しばらく筋肉をちらつかせるうちに、いつの間にか正面からわたしと向き合うようになっていた。さらに、チートアイテムである”おやつ”を手に入れたことで、マロンとの距離は一気に縮まった。
あげくの果てには、彼女のグラマラスな尻をマッサージしたところ、まるでマグロのように・・いや、人魚のようにウットリと横たわらせてしまうまで、我々の心の距離は近づいたのである。
(やはり、動物的な部分すなわち本能による対話こそが、種の壁を超えたコミュニケーションにつながるのだ)
さらにトウモロコシやキュウリ、ナス、キウイなど新鮮かつ立派な食材を差し出すことで、完全なる仲間意識・・いや、仲間であることを確認しあった我々は、言葉にせずとも強い絆を感じていた。
そして、彼女の胃袋が満たされたであろう頃、次は満を持して”わたしの餌付け”が始まった。なんと、大好物である手作りカレーが、山盛りで振る舞われたのである!!
マロンのことなどそっちのけで一心不乱にカレーを貪り食うわたしは、完全に作り手の支配下に置かれた。
その後も、続々と飲食物が登場する食卓にかじりつきながら、ふと思うことがあった——そりゃマロンも、なつくわけだ・・。
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やはり、地球上の生き物にとって「食」は重要なポジションを占めている。そして、命の源ともいえる「食べ物」を与えてくれる者には強制的に服従する・・という行動が、遺伝子に組み込まれているに違いない。
カピバラであるマロンと人間であるわたし——共に筋肉質なフォルムを誇るわれわれの未来は、食べ物を与えてくれる者によって支配されるのだろう。
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