仔カピを捕食する敵だと勘違いした私を待ち受けていたガチ勢

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わたしはカピバラが好きなので、生身の彼ら彼女らと触れ合うべく現地参戦することがある。そして、カピバラのみが展示されている場所ではなく、その他たくさんの動物もいるところ――たとえば動物園など――に行くと、様々な動物のファンやマニアを発見することがある。

とはいえ、園内を普通にぐるりと一周するだけならば、そういった「コア層」に気付くことなく動物園を後にするだろう。しかしわたしのように、カピバラならばカピバラのエリアにしか居座らない人種からすると、そこを訪れる来場者の一挙手一投足に視線を投じるわけで、カピバラだけでなく人間までをも観察することができるのだ。

 

そして今日、高い入園料を払っているにもかかわらず、朝から晩まで推しの前で過ごすコア層の「真髄」に触れる機会に恵まれたのである。

 

 

わたしは久しぶりに那須どうぶつ王国を訪れた。ここはわたしのカピバラ人生発足の地であり原点でもある。

那須のカピバラはとにかく、凛とした佇まいとどことなく上品で芯の強さを感じるオーラを纏っているのが特徴。なぜそのように育つのか、理由は簡単だ。北関東ではなく、南東北と揶揄される那須での、厳しい冬を乗り越えたからに他ならない。

 

雪など知らない南米生まれのカピバラが、真冬に頭上に雪を積もらせながら、静かに目を閉じ温泉に浸かる姿はシュールを通り越して圧巻といえる。もしも温泉がなければ、低体温症で命を失うにもかかわらず、彼ら彼女らは文句も言わずにじっと湯船に沈んでいるのだから。

この吹雪のなか、彼らはなにを思いなにを願うのか。はたまた人間を恨んでいるのかもしれない――。

そんな命がけの冬を越したカピバラは、そんじょそこらの同胞とはわけが違う。キリッと引き締まった表情の奥には、温暖な地域で暮らす仲間とは異なる「生への執着とプライド」が滲み出ているからだ。

 

さらに天然温泉の効能によるものだろうか、地肌や毛艶が類を見ないほど、圧倒的にみずみずしいことに驚かされた。関東近郊で暮らす多くのカピバラに触れてきたわたしだが、屋外で飼育されているにもかかわらず、「この体毛の艶やかさとしっとりさは、どういうことなんだ?」と口にせずにはいられないほどの、ギバちゃんの美しい剛毛を撫でながら驚愕したのである。

これが温泉によるものでなければ、いったいなんのおかげだというのか。そのくらい、那須のカピバラたちは厳冬に耐えることと引き換えに、温泉のご利益を受けているのだ。

 

 

閉園間際、そろそろお土産でも見に行こうかとカピバラの森を離れたわたしは、とある集団を発見した。ここはカピバラへと続く通路の途中。その両脇に、なんらかの生体が展示されていたとは今の今まで気が付かなかった。

(なになに、マヌルネコ?)

ガラス越しに灰色のネコらしき個体が見える。紹介文を読んでみると、それはなんと世界最古のネコなのだそう。

 

ついさっきまで、温泉でぬくぬくと温まっていたカピバラを思い出したわたしは、

「このネコは、外に展示されていて寒くはないのかね?」

と、独り言のように友人にささやいた。すると間髪入れずに、われわれの近くでマヌルネコを見守っていた男性がこう答えてくれた。

「寒くないですよ。マヌルネコは寒い地域に生息するネコなので」

なるほど。たしかに紹介文にも「シベリア南部から中央アジアの砂漠地帯」と書かれてある。想像しただけでも身震いしそうな、灰色のツンドラ地帯が思い浮かぶ。

 

さらに読み進めると、なんと「食性」の欄に「げっ歯目などの小動物」という言葉を発見。そこで思わずわたしは叫んでしまったのだ。

「てことは、仔カピの敵じゃん!!」

その瞬間、辺り一面に鋭い緊張が走った。カピバラ好きのわたしにとっては、ほんの冗談で発したセリフだったが、希少種でもある貴重なマヌルネコを取り囲む人々にとって、それは明らかに喧嘩を売る行為であり、彼ら彼女らへの冒涜となったのだ。

 

「こ、これ見てください。つい先日、ポリーとレフが誕生日を迎えたんですよ」

立派な望遠レンズを携えたカメラを提げた男性が、おもむろにわたしへ近づくと、そっとお手製のブロマイドを差し出した。

「どうですか?かわいいでしょう。食事は小さなネズミやヒヨコを食べるので、カピバラはさすがに食べませんよ」

そう、マヌルネコを敵視したわたしを正すべく、彼は勇気を振り絞って、自家製のマヌルネコブロマイドを突きつけたのだ。さらに、マヌルネコの生態について詳しく説明するとともに、カピバラの敵ではないことを口酸っぱく教えてくれた。

 

(しまった・・・ここはカピバラエリアじゃないんだ)

 

その話を聞きながら、わたしは周囲の人間に目を光らせた。間違いない、全員マヌルネコ信者であり、この場でわたしだけが「大型げっ歯類(カピバラ)好き」という場違いな構成となっていたのだ。

なんという失態だ。敵陣において、敵の大将を侮辱するような発言をぶちかますとは――。

 

さらに全員、揃いに揃って見事な一眼レフを提げている。おまけに、上から下まで黒ずくめ。マヌルネコ教の崇拝者は、これがデフォルトの衣装なのだろうか――。

「黒い服を着ていないと、ガラスに反射しちゃって撮れないんですよ。だからほら、みんな黒い服を着ているでしょ?」

そういうことだったのか!彼ら彼女らはマヌルネコをガラス越しに撮影するべく、反射を防ぐためにわざわざ黒ずくめで来園しているのだ。ちなみに、もしも白い服を着た客がいたらどうするのかと尋ねたところ、

「前を譲ってマヌルネコを見てもらいます。そしてその方が去ってから撮影します」

と答えてくれた。なんという礼儀正しさだ!この話を聞いていた周囲のカメラ小僧たちも、皆ウンウンと頷きながら、ガラスの向こうでじっとしているマヌルネコを見守っていた。

 

(あぁ、これこそが真正ファンというやつだ。触れることすら許されないマヌルネコに少しでも近づこうと、こうしてガラス越しに恋心を募らせているのだ。そして他の客の迷惑とならぬよう、節度ある対応で秩序を守っているのだ。おまけにガラスの反射まで計算に入れて、申し合わせたかのように黒衣装で訪れるとは・・・)

 

わたしは感動すると同時に、己の行動を恥ずかしく思った。笹の葉をチラつかせれば寄って来る、横っ腹を撫でればゴロンと転がるカピバラとは違い、準絶滅危惧種であるうえに、獰猛で触れることすら叶わないマヌルネコを、ガラス越しに見守るコアなファンの心理など考えたこともなかった。

さらに背後から、全身スナネコ(正確には「シャリフ」という、那須どうぶつ王国で暮らす雄のスナネコ)で埋め尽くされた女性が近づいてくる。頭のてっぺんから衣服、リュック、バッジ、キーホルダー、着替えのTシャツまで、すべて「シャリフ」で覆われている。

(あぁ、参りました・・・)

わたしは肩を落とし、小さく項垂れた。

 

 

「ガチファン」を自称するにはまだまだ修行が足りないということを、これでもかというほど思い知らされた瞬間わたし。

よし、次回からは全身カピバラで会いに行くぞ!

 

マヌルネコの、レフ君かポーリーちゃん…
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