アタシと牧田の日常会話

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「朝メシ食べた?」

打ち合わせに向かう途中、明らかに腹が減った表情の牧田が尋ねる。時刻は11時過ぎ、朝飯には遅すぎるし、昼飯にはまだ早い。しかも14時からランチの予約をしてあるわけで、この中途半端な時間に何か食おうものなら、ランチが無駄になる。

「食べてないよ。腹減ってるの?」

興味なさげに、なるべく素っ気なく返事をするアタシ。面倒だからこの話題を続けたくないわけで。

「うん。朝、高級マスクメロン食べただけだからさ」

どんな自慢だ。ただのマスクメロンでも角が立つのに、高級などとわざわざ装飾しなくてもいいだろう。とはいえ、こいつは確かに金持ちなんだけど、真面目なところとふざけたところが入り混じっていて憎めない。

「おめーは貴族か!」

突き放すように会話を終わらせた。なぜなら話に付き合えば、「なにか腹に入れてから、打ち合わせに向かおう」となるわけで、繰り返しになるがせっかくのランチの質が下がるからだ。

ごちゃごちゃ独り言をつぶやきながらも、アタシに無視された牧田はおとなしく運転を続けた。

 

 

打ち合わせを終えて、アタシと牧田はランチの予約を入れてあるイタリアンレストランへと向かった。前を歩く牧田の左手には、見るからに重そうな牛革の往診鞄が握られている。今どき、あんな無意味に重たい鞄を買う人間などいるのだろうか。

「先生、今日はどちらへ往診されるんですか?」

往診じゃねーよ!という答えを期待しつつ、アタシは牧田をからかってみた。

「うむ、今日はその先にあるイタリアンで急患が出たんでね」

調子に乗って話を合わせてきた。・・・ウザッ。

「あら、そうあなんですか。救急車を呼んだほうがいいんじゃないですか?」

店までまだ少し距離があるため、アタシはこのバカバカしい茶番に付き合ってやった。

「うむ、客がモチをのどに詰まらせてね」

なんでモチなんだよ!イタリアンでモチなんか出ねーだろうがっ!

「モチ入りのピザを食べた客が、モチをのどに詰まらせたらしいんだよ」

どんなピザだよ。仮にそうだとしても、徒歩の医者を呼ぶんじゃなくて救急車を呼べよ。生死にかかわる緊急事態だろうが。

「先生の鞄には、モチを吸い出す吸引器が入っているんですか?」

のどに詰まったモチを押し込むのは難しいので、吸い出すのだと友人のドクターから聞いたことがある。まだまだ茶番に付き合う気満々のアタシは、牧田先生に質問をした。

「ん?入ってないよ」

ダメだ、こいつはヤブ医者だ。そこでアタシは、先ほどの理由を説明してやった。

「なるほど、そうなんだ。しかしモチをのどに詰まらせてから医者を呼んだところで、到着までに数十分はかかるだろう。その間ずっと呼吸ができないとなると、もはやダメなんじゃないか?」

なにを今さら抜かすか。食べものをのどに詰まらせて死亡する人数は、年間3,500人を超える。無論、すべてがモチではないが、モチの確率が高いことは否定できない。

消費者庁の調査によると、モチを含む窒息事故による65歳以上の死亡者数は、およそ400人弱とのこと。高齢者に限らずモチを詰まらせる確率は高いため、もっと多くの日本人がモチに命を奪われているわけだ。

「あぁ、わかった。アレだ。モチはじつは食虫植物ってことだ」

ハァ?台風が接近しているせいで、頭がおかしくなったのか?

「だってそうだろ?またモチってやつは美味いからな。不味ければのどに詰まらせることもないのに、美味いからヒトはモチを食べるんだろ?」

たしかにモチは美味い。今さらだがアタシはモチが大好きだ。醤油もきな粉もいらない、純粋にモチだけで満足するくらいに、モチが大好物なんだ。その魅力、いや、魔力は確かに尋常ではない。アタシが虫でモチが食虫植物だと仮定すれば、牧田の説も一理ある。なぜなら、吸い寄せられるようにモチへと手を伸ばすことに、理由はない。むしろ反射的にモチに反応してしまうため、魅力的な植物に虫が吸い寄せられるのと、大差ないだろう。

(――そうか、モチは食虫植物が変化したものなのか。)

三次元の世界におけるモチは、もち米を加工して作られた食品と定義されているが、四次元の世界でのモチは、食虫植物と同等の存在として扱われているかもしれない。そのくらい、命を奪われるくらいに魅力的な食べ物が、モチというわけだ。

 

 

アタシと牧田との会話は、いつでもこんなレベルの話題ばかりである。

 

Illustrated by 希鳳

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