これまで幾度となくわが家の悪口というか、不具合や欠陥っぷりに対して怒りを爆発させてきたわたしだが、今回はもはや怒りや疑問といった情動的な感情ではなく、言葉を失いただただ立ち尽くすしかない・・というような、むしろ「凪いだ海を見ているかのような、静かで穏やかな心境」になった。
ある意味、わが欠陥住宅史上最大のピンチを迎えたわたしは、目の前に広がる信じられない光景に開いた口が塞がらない——と、ここまでもったいぶっておいて、いったいどれほどの事件が起きたのかというと、なんとリビングが水の膜で覆われていたのだ。しかも、「ちょっと水が漏れた」程度ではない。分厚い層となった水が、わが家のフローリングを見事に覆っていたのである。
頑丈なコンクリート壁と天井まで続く大きなガラス窓(非複層ガラス、非樹脂サッシ)でできたこの部屋は、冬寒くて夏暑いうえに大結露することでビショビショになる。その結果、垂れた水滴がフローリングの木材へ侵食し、黒ずんだりカビを発生させたりしている。
おまけに、風呂場もガラス張りなうえに、数十キロの吊りガラスを「スライド式のドア」として使用しているのだが、そのガラス板が外れて開かなくなったことがある。もちろん、わたしは全裸の状態でバスタブに閉じ込められたが、持ち前のフィジカルにて自力でガラス板を持ち上げ脱出した。
だが、あれがか弱い女性だったらどうだろうか。とてもじゃないが一人でどうにかするのは不可能だし、むき出しのガラス板を素手で持ち上げるというのは、非常に危険な行為でもある。
さらに、壁掛け式のエアコンが壁に埋め込まれた上に柵でフタをされている・・という、「なぜ閉じ込めているのか理解不能な状態」で設置されているため、真冬のリビングで暖かさを感じることはない。無論、真夏はクソ暑いので夜など地獄である。
設計者がなぜこのような狂気に満ちた愚行に走ったのかというと、答えは単純明快。ただ単に「見栄を張った」だけだ。室内を広くスッキリ見せたいので、壁にエアコンを設置するのはやめよう——よし、壁の中へ埋めてしまうおう!という、子供じみた稚拙な発想だけならばまだしも、決して安くはない「埋め込み式のエアコン」を買うことはできないから、壁掛け式の安いエアコンを埋め込んでおけばいいだろう——という、常識を逸脱した見栄っ張りの妄想により、室内の温度調整ができないエアコンが誕生したわけだ。
このように、通常ならばあり得ない不調や不具合に見舞われるなど、むしろ「違法」といっても過言ではない杜撰な設計のせいで、入居してから十年以上にわたり様々な嫌がらせを受け続けてきたが、いま目の前に広がるこの光景は、過去の事件とは比べ物にならないほど壮大なイリュージョン、あるいはスペクタクルショーではないか。
(なんだこの大量の水は。そしてなぜ、リビング一面がキラキラと輝いているんだ)
全裸のわたしは絶句した。それはもう不可抗力というか、思考が停止するほど手の打ちようがない光景だった。それゆえに「すぐに床を拭かなければ」とか「濡れた物を乾かさなければ」というような、普通の対処も反応もできない——。
この大量の水は、おそらく湯船で使用したお湯だろう。数カ月ぶりに自宅の風呂へ入ったわたしが出てくると、なぜかリビング一面が水没していたのである。
この状況について、「バスタブに溜めていた湯を排出したところ、大量の水が排水管から逆流して部屋中が浸水した」と仮定しよう。
だが、日頃から必要最低限の掃除や手入れをしているのだから、逆流するほど髪の毛や水垢が詰まるような作り自体に問題がある・・と、わたしは主張する。そもそも、風呂場および洗面所の排水管が「リビングから30センチのところにある」というのも、普通に考えておかしな話だろう。
加えて、洗面所とリビングの間にはなんの境界線もないどころか、ドアすらも設置されていない——正確には、例のガラス板が吊るされているのだが、重さに耐えきれず落ちているため常時開いた状態で沈黙を続けている。そのため、言うまでもなく「リビングへ水が流れ込まないような措置」は一切とられていない。よって、洗濯機の排水に不具合があっても、同様にリビングが水没するというわけだ。
台風や豪雨により床上浸水の被害に遭った住宅の様子を、ニュースなどで見たことがあるが、まるでアレじゃないか。
何枚ものタオルで水を吸い取り、洗面所で絞ってはまた吸い取り——。場合によっては「小波」が発生するほど、分厚く溜まった水(おそらく、風呂場のお湯)を寄せ集め吸い取りつつ、マンションの最上階に住みながらにして浸水被害に遭うわたしなのであった。
(マジで、なぜこんな目に遭わなければならないんだ・・・)











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