季節的なものか、はたまたクイーンズ伊勢丹の仕入れ先が変わったのかは分からないが、カットスイカの歯ごたえが瓜っぽくなったことと、糖度が落ちたことに気が付いたわたしは、ガックリと肩を落としていた。
クイーンズ伊勢丹のレジで「カットスイカのオンナ」という認識を持たれているであろうわたしは、思わずレジの女性に愚痴をこぼした。
「シーズンが終わるのかな、スイカが瓜になっちゃったんだよね・・」
「あら、それは残念です。いつもたくさんお買い上げいただいてるのに・・」
このセリフを聞いた時、わたしは間違いなくスイカオンナと呼ばれていると確信した。なぜ「いつもたくさんお買い上げいただいている」という事実を知っているのか。これは休憩時間に、
「カットスイカ、しかも『大』を大量に買うオンナいるよね」
「いるいる、今日はアタシのところ(レジ)へ来たよ」
という会話が成立しているからに違いない。
だからこそ、日々の楽しみであった大量のスイカを食べることが不可能となった今、大袈裟にいえば「生きる希望を失った腑抜け状態」なのである。
それでも執念深いわたしは、カットスイカ売り場から離れることができない。とはいえ見ているだけではどうにもならないので、やむなく帰宅しようと後ろを振り向いた瞬間、そこには、桃やらブドウやら高級な果物がデカい顔でのさばっていた。
とくに、シャインマスカットを筆頭にブドウどもが調子に乗っていると言わざるを得ないのは、値札が量り売りの金額で書かれていることだ。
「500円」
このようにデカデカと表示されていれば、思わず飛びつくに決まっている。だがよーく見ると、「100グラムあたり」と補足されているのだ。・・チッと舌打ちしながら、わたしは再びスイカの前に戻るのであった。
*
そんな腑抜けた日々を送るわたしに、とんでもない朗報が届いた。それは、クロネコヤマトからの「クール宅急便」の事前連絡だった。
送り主は不明だが、明日、我が家になんらかの生ものが届くのである。この時期にクール便で届くものといえば、そんなものは果物に決まっている。むしろ、果物以外にクール便が届いたらクレームを入れる所存である。
さっそく翌日の午前指定で配達依頼を済ませると、わたしはウキウキとワクワクでとてもじゃないが眠れそうになかった。
なぜこのように歓喜しているのかというと、あえて口にするまでもないが、果物の中身がアレに決まっているからだ。そう、シャインマスカットだからだ。
100グラム500円のシャインマスカットは、小ぶりの房でも2,000円を超えるわけで、ましてやわたしは、スーパーから自宅までの間に食べ終わってしまうため、自宅でシャインマスカットを食べることなどないのだ。
このように、自腹で買うのは尻込みしてしまうが、他人からもらうのは大歓迎であるシャインマスカット。毎日送られてきてもまったく困らないほど、わたしはシャインマスカットが大好きなのである。
それが明日の朝、我が家に届くのだから小躍りしないわけがない。楽しみすぎて眠ることすら憚られる。あぁ、今夜は粗末な食事にしておこう。胃袋を最高の状態に持っていくためにも、そうするのがベストである——。
*
「ヤマトでーす」
朝の8時半から背筋を伸ばして正座で待っていたわたしは、待ってましたとばかりにインターホンを取ると、エントランスのドアを解除した。
とうとうきた。待ちに待ったこの瞬間が、ついにやってきたのだ——。
そしていよいよ、玄関のチャイムが鳴る。ドアレンズから外を凝視していたわたしは、あえて少しだけ時間をおいてから、急いで玄関までやってきたフリをしながら大袈裟にドアを開けた。
「お名前に間違いはありませんね、ではこちらです」
そう言いながら直方体の段ボール箱を手渡し、ヤマトの兄ちゃんは去って行った。そのずっしりとした重みを両手のひらで感じながら、わたしはいそいそとリビングへ戻った。
(・・ん?北陸地方の友達からだ)
わたしはてっきり、親がシャインマスカットかナガノパープルを送ってきたのだと思っていた。ところが実際には、友人からのクール宅急便だったのだ。
——まぁいい。
彼女の顔を思い浮かべながら「よく見ると美人かもしれない」などと、痘痕(あばた)も靨(えくぼ)の要領で、超絶美人な友人からのシャインマスカットをいただくことにした。
そして箱のフタを開けた瞬間——。
「あっ!!!!!!」
わたしは思わず声を上げてしまった。
そこには確かに、美しい緑色の果物が鎮座していた。だがそれは、シャインマスカットではなく、メロンだったのだ。
いやいや、メロンだから不満があるわけでもなんでもない。むしろメロンといえばフルーツの王様であり、永遠の高級贈答品である。不満どころか感謝と感激で卒倒するべきところだろう。
とはいえ、胃袋も脳内もシャインマスカット一色で染まっていたわたしは、気持ちをメロンに切り替えるためにも、とりあえず水を一口のんで心を落ち着かせることにした。
(そ、そうだ。包丁はどこだっけな・・)
そして年に数回しか使うことのない包丁を探しに、のそのそとキッチンへ向かったのである。
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