スイカからの伝言とケバブへの執着

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とうとう、恐れていたことが現実となった。

これを知るということは、それはすなわち人生の儚さを知ることに通ずる。意識せずとも否応なしに、そして確実に進んでいくのが「時の流れ」というもの。どれほど荒れ狂って逆らおうとも、この世を生きる限りは誰一人として抗うことを許されない、絶対的な指標だからだ。

さらに見てみぬふりをしようにも、五感が悟ってしまえば目をそらすことはできない。そう、わたしの舌が鮮やかに感じ取ったのである。

 

(スイカのシーズンが終わった・・・)

 

 

いつものように、クイーンズ伊勢丹でカットスイカ(大)に手を伸ばしたわたし。すると、とある異変に気が付いた。

ラスト4個のうち、2パックはいつも通りだが残り2つはカットの大きさがいつもと違うのだ。今までとは違い、カットサイズが小さくなっているのである。

 

だからといって、量が少なくなっているわけではない。食べやすい大きさに切り分けられたスイカがたっぷり入っているわけで、むしろ好都合である。

今までは、拳の半分くらいの大きさのスイカがゴロゴロ入っていることに、ビジュアル的な優越感を得ていたが、思い返せばいいことなど一つもなかった。

なぜなら、スイカのカットがデカいということは、一かけらを食べ終わるのに何度も咀嚼が必要となる。そのたびに、目には見えない細かな飛沫が辺りへ飛び散っているのである。テーブルにも床にもソファにも、そして自分自身にも。

 

それに比べて、小さく切り分けられたスイカは咀嚼の回数が少なくて済む。最初からこうしておけばいいのに、なぜデカくカットしたのだろうか。

まぁ容器がデカいのだから、スイカの一かけらもデカいほうが収まりもいいのだろう。こちらとて、デカいスイカを頬張るほうが果汁は飛び散るにせよ満足度は高い。売る側も買う側も満足するためには、デカいほうがよかったのだ。

 

ではなぜ、この期に及んでスイカの一かけらが小さくなったのか——。

 

その謎は簡単に解けた。帰宅してすぐにスイカを齧ると、なぜ小さいサイズにしたのかが分かった。そう、今までのような甘さが消えていたのだ。

どちらかというとウリの味がする。これはジョークなんかではない。スイカは漢字で西瓜と書くが、まさにそのウリの味なのだ。厳密にはウリの歯ごたえに、甘みの薄い水分を含んだ赤い果肉の野菜という感じ。

 

これは、スイカが我々に教えてくれているのだ。——もうスイカの季節は終わったのだよ、と。

昨日と同じ値段、同じ見た目にもかかわらず、食べてみれば一目瞭然、いや、一味瞭然。それはもはや果物というより野菜なのだ。

 

そういえば、海外のスイカがこんな感じだったことを思い出す。やたらと高額なカットフルーツを大枚叩いて買ったはいいが、一口食べて絶句した覚えがある。そして「だからこそ、フルーツにヨーグルトをかけて食べるのだ」と、妙に納得したわけだ。

つまり、果物が甘くてシャキシャキで皮ごと食べられる贅沢を満喫できるのは、日本だけなのだ。

 

そんなことを思いながら、赤い野菜をシャクシャク噛みしめるのであった。

 

 

スイカの季節が終わったことを舌をもって思い知ったわたしは、ショックで肩を落とした。だがしょぼくれていても仕方がないというわけで、初めて見つけたケバブ屋で、ミックスソースのキャベツケバブにチーズと目玉焼きをトッピングした「URABEスペシャル」を注文した。

そして、普段とは異なるこじんまりとしたキャベツケバブを受け取ったわたしは、その形状に驚かされた。なんと容器が、アイスコーヒーのカップだったのだ。しかもSサイズ・・・。

 

いまにも外れそうなフタをとると、中からケバブやキャベツが飛び出してきた。慌てて押さえようと割り箸を掴んだところ、焦って利き腕と逆の手で掴んでしまい、そのせいで手が滑って割り箸を地面へと落としてしまったのだ。

(しまった!!)

雨のせいで黒く濡れたアスファルトに、無残に散らばる割り箸。——こ、これはどうするべきか。

 

ここは昨夜、酔っ払いが吐瀉した場所かもしれない。はたまた野良猫が小を引っかけたかもしれない。それどころか、犬のフンを踏んだサンダルの底を、ここへ擦り付けて洗ったかもしれない。道の端にはタバコの吸い殻が捨ててある。汚いオッサンのツバもミックスされているかもしれない。どう考えても、ここがキレイなはずがない。確実に汚いに決まっている。・・だが——。

 

わたしは咄嗟に割り箸を拾うと、素早くズボンで拭った。3秒ルールという特別な法則を聞いたことがある。どんなものでも落として3秒以内ならば、すべてセーフなのだと。

こうしてわたしは、道路に落として汚水にまみれた割り箸を使って、Sサイズのアイスコーヒーの容器にギュウギュウ詰めにされた、ミックスソースキャベツケバブチーズ目玉焼きトッピングを掻っ込んだ。

 

(・・・うん、美味い)

 

腹が減っていれば、なんだって美味いのである。

 

Illustrated by 希鳳

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