ANY MORE映画泥棒

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映画館というのは、本屋と似たような独特の匂いがある。それは気持ちが落ち着くような、それでいて短い旅が始まるような、非日常的なポジティブを味わうことができる。

そもそも薄暗いライティングの館内は、映画の上映がなければ格好の昼寝場所。だがカネを払ってチケットを購入している以上、そんな無駄遣いはできない。

 

とはいえ徹夜で仕事をした足で映画館に向かった私は、本編前のCM中に居眠りをしそうになった。この夏、いや、この秋公開予定の期待作のトレイラーが流れても、睡魔が上回る始末。

それでも気力を振り絞って聞き耳を立てていると、とにかくトム・クルーズが大活躍の一年になりそうだ、ということが伝わってきた。

 

そんな寝ぼけ半分の私を目覚めさせたのは、意外にも「NO MORE映画泥棒」だった。

私がしばらく映画館を訪れなかった間に、どうやらリニューアルされていた映画泥棒。そしてそれは、眠気が吹っ飛ぶほどのショックとなって突き付けられた。

 

かつての映画泥棒は、単刀直入にいうとダサくてシュールだった。中でも、キレのある動きが特徴的なカメラ男について、非常に感動を覚える「とある出来事」があった。

 

数年前、映画館の最後列を陣取ったところ、私の数列前に座っていたオタク風の男子学生らが、カメラ男の動きをそっくりそのまま真似ていたのだ。

大袈裟なアクションとわざとらしい身振り手振り。そして片手でレンズに触れながら、逆の手で八の字を描くようなムカつく動き。そんなキレッキレのパフォーマンスを見せる彼らに、私は思わず拍手を送ってしまった。

 

なんせスクリーンには正面から見るカメラ男が、そして目の前では背後から見るカメラ男が楽しめるわけで、これほど愉快なことはない。

さらにポップコーンとコーラ役まで完コピしており、もはや本編よりも印象に残るイベントとなってしまったわけだ。

 

それ以来、映画泥棒の完コピができる観客を探すのが、映画館での楽しみの一つとなっていた。

ところが本日、あのシュールで痛快な映画泥棒はもういないということが分かった。

 

新たなCMにこれといって悪い部分はない。カメラ男もポップコーンも、コーラだってちゃんといる。そしてパトライトたちもこぞって登場している。

だが、あの大袈裟でダサくてムカつく動きが、そこにはなかった。

 

これが時代の流れというやつか。あの時のオタクたちは、もう映画泥棒を完コピすることはないだろう。

私の映画館での楽しみが、一つ減った瞬間であった。

 

映画泥棒と似たようなポジションで、面白さが重要な映像といえば、飛行機に搭乗した際に流れる機内安全のビデオ。

かつてはCAが、乗客の目の前で救命胴衣の装着方法や膨らませ方をレクチャーしてくれた。だが今はビデオを流すことでそれらをカバーしている。

 

私の記憶に残るオモシロ機内安全ビデオといえば、デルタ航空とニュージーランド航空である。

まずはデルタ航空。一言でいうと乗客全員がおかしいのだ。まともな乗客が一人もいない飛行機というのも珍しいくらい、全員が特徴のあるキャラクターで成立している。

中には人間ではない、ぬいぐるみや動物までが座席にちょこんと座っており、隣りの人間に酸素マスク装着を手伝ってもらったりするのだ。

 

そしてニュージーランド航空。こちらはインド映画のようなミュージカル調のノリでまとめられている。

レオタード姿で昭和の雰囲気ただよう乗客らが、エクササイズをしながら手荷物の置き場所やライフベストの着方を見せてくれる。

そしてこちらもデルタ同様、登場人物に目を奪われてしまい、肝心の緊急事態での対応が頭に入ってこない。むしろエクササイズの動きをリピートしてもらいたいくらい、真面目にふざけているのだ。

 

今はもう新たなバージョンになっているかもしれないが、この2社が機内安全ビデオに懸ける熱意と魂は、笑いなしでは視聴できないレベルだった。

さらに最後まで目が釘付けとなり、これぞまさに北風と太陽効果というやつかもしれない。

 

クソ真面目に淡々と正しいことを伝えたところで、旅行前の浮かれた乗客の頭に入るわけがない。少しひねりを加えた、それでいてパンチの効いたビデオだからこそ、誰もが食い入るように見てしまうのだ。

 

あぁ、それにしても映画泥棒が落ち着いてしまったことは、とにかくショックである。

 

サムネ/イラストAC

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