深夜2時過ぎ、沙羅からラインがきた。
「いまなにしてる」
「仕事」
仕事に集中していた私は、短くぶっきらぼうに返信した。
と同時に、
「いまから行っていい?」
ーーいや、本当に今日はやめてくれ。
どうしても、明日の朝までに仕上げたい仕事があるんだ。
そう思った私は、既読スルーした。
その数分後、沙羅から電話がかかってきた。
ーーもはや逃げられないわけか
電話に出ると沙羅はただ嗚咽を漏らしていた。
何を聞いても何も答えない。
(これは非常に迷惑な状況だ)
電話をスピーカーにして仕事を続けようとしたとき、最悪の発言が出た。
「いまから行くから、住所おしえて」
集中力の切れた私は、自宅の場所をピンしたデータを送った。
そしてすぐさま、部屋の片付けを始めた。
*
「タクシー降りたけど、どこかわからない」
沙羅を迎えに外へ出た。
マンションの最上階から地上を見下ろすと、暗闇でもハッキリとわかるセクシーな格好をした女がウロウロしている。
「上、みて」
ラインを送ると、セクシー女優がこちらを見上げた。
エントランスまで出迎えに行った私を見るなり、沙羅はぐしゃぐしゃの顔でこう言った
「おねがい、抱いて」
ーー私は、女を抱く趣味はないのだが
*
エレベーターに乗ると、沙羅は鼻水をすすりながら近寄ってきた
「せめてハグして」
ただでさえ酒臭い女が抱きついてきた。
私はしかたなく、沙羅の肩を抱きしめた。
なんで夜中の3時近くに、化粧が落ちてお化け屋敷の演者みたいな顔をした、酒臭い嗚咽オンナの肩を抱かなければならないのだろうか。
私はただ真面目に仕事をしていただけなのに。
*
部屋に入ると、沙羅の本日の出来事を聞かされた。
要約すると、
・初対面の美人と飲み歩いたあげく、自宅に連れ込まれて押し倒された
・今日は生理だから無理、と断った
・沙羅はパンツ履いたままでいいから大丈夫、と言われた
・私、好きな人(女)いるからと伝えた
・美人はキレて沙羅は追い出された
・彼氏には言えないからこのまま(号泣中)じゃ家に帰れない
こんなところだ。
沙羅には彼氏がいる。
そして、彼女もいる。
さらに、別の女性からも迫られた。
これはつまり、単なるモテ自慢か。
夜中の3時にモテ自慢を聞かされ、仕事を途中放棄させられた私の立場とはいったい。
しかしここまで号泣し続けるには理由があり、どうもその美人との会話で、沙羅の元カノの話題が出たらしい。
美人と元カノは、偶然にも知り合いだったのだ。
もうすっかり忘れたはずの元カノの近況を聞いた沙羅は、つい、気持ちが揺らいだ。
沙羅の心にあいた穴をいまの彼氏と彼女で埋めたつもりが、穴は予想以上にデカかった。
思うに、相手が男でも女でも失恋の傷は深い。
沙羅なりに新たな人生を歩み始めたが、まだ傷は癒えていなかったのだろう。
時刻はもう5時になろうとしている。
私は朝から予定があるため、速攻で寝たい。
ぐずる沙羅をソファに寝かせつけ、黙って電気を消した。
「まだはなし終わってない!
かってに電気消さないで!」
泣き叫ぶ沙羅を無視して私はベッドに横になった。
その数秒後、
グーー、グーー。
私より先に、眠りについた沙羅がいた。
そのいびきがうるさくて、結局私は眠れなかった。
*
三大欲求(食欲・性欲・睡眠欲)の中で、最も耐えられない欲が睡眠欲ではないだろうか。
「知らないうちに」
という表現が使えるのは、睡眠だけだからだ。
失恋に傷ついてドロドロの顔になろうが、部屋を暗くすれば眠りの世界へ一直線。
明日は笑顔で恋愛を謳歌してもらいたい。
Illustrated by 希鳳
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