不思議なもので、「人生の転機」というものがいつどのような形で訪れるのかは、誰にも予測できない。
無論、狙って手に入れられるものでもないし、振り返ってみて「あの時がそうだったのかな」とぼんやり蘇る程度かもしれないが、「暴飲暴食こそが生きる幸せだ!」と確信しているわたしにとって唯一、いや・・唯三の”不好物”を許容したことで、未知の世界へと踏み入れることになったのは、なんとも奇妙な巡りあわせである。
——そう、生まれてこの方ずっと嫌いだった「あんこ」との和解を遂げてからは、頑なに避けてきた和菓子やモンブランといった「あんこ系の食べ物」を口にするようになった。そのせいで、味わったことのない”スイーツの深淵”とやらに首を突っ込んでしまったのだ。
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洒落たタルトケーキ店に呼びつけられた絶賛ダイエット中のわたしは、諸々の空気を読んだ結果、意に反してケーキを注文することにした。
そもそも、タルトケーキの専門店に来たにもかかわらずタルトケーキを頼まない・・なんてことがあれば、それは客の風上にも置けない無礼者である。よって、ダイエット中であろうが何だろうが、少なくともタルトを一つ注文するのが、入店客としてのマナーといえる(ちなみにわたしは、二つ注文した)。
そんな”淑女のマナー”を心得ているわたしは、キラキラ輝くイチゴ中心の華やかなタルトたちに心を奪われつつも、ショーケースの左端でドスンと構える太々(ふてぶて)しい茶色の存在に視線を向けた。
赤やピンクのイチゴに加え、パープルやグリーンのブドウにベージュのバナナ、オフホワイトのマスカルポーネなどなど、彩り豊かなタルトが勢ぞろいする中、どちらかというと仲間外れに近い形で、焦げ茶色の栗を乗せた地味なタルトが陳列されていたのだ——その名も「栗と白餡のタルト」。
これまでの人生において、「餡」「あんこ」「小豆」という文字が記された商品は、わたしの中で食べ物には分類されなかった。たとえ大好物の抹茶が入っていても、あんこと抱き合わせの時点で残念ながら食べ物からは除外されてきた。
にもかかわらず、ダイエット道中で得た「羊羹は脂質ゼロのスイーツ」という新常識を知ってからは、あれほど毛嫌いしていたあんこ系の食べ物を見ると、若干の抵抗を抱きつつも手を出すようになったのだ。
そして今回、「イチゴフェア開催中」という店側の意図を無視して、地味で愚鈍な茶色いタルト——まったく好みではない白餡が練り込まれたダマンド(アーモンドクリーム)の上に栗の渋皮煮が乗っている、最も低価格な一品を選んだのである。
これは、いうなれば奇跡だ。今までの人生を振り返ってみると、まさかこんな日が訪れるなんて、とてもじゃないが想像すらできなかった。あわよくば一生、あんことは無縁の生活を送れればいい・・と考えていたわけで、あえてあんこに手を出す必要性など皆無。
それがどうだ、まさかのあんこが混じったケーキを指名するとは、過去の私を知る者からすれば、天地がひっくり返るほどの衝撃だろう。
テーブルについてしばらくすると、可愛い店員がおぼつかない手つきで「栗と白餡のタルト」を運んできた。その、見るからにそそられない地味な風貌と、まったくもって好みではない素材群でできたスイーツを前にして、なんの感情も沸かなければ一ミリの期待も抱けないわたしは、ただ淡々とフォークをぶっ刺すと白餡ペーストでできた本体を口へと運んだ。
(・・・あんこと、ダマンドと、栗の味がする)
これこそが率直な感想だった。あえて評論家っぽく解説するならば、
「洋菓子ならではの濃厚かつ強烈な甘みではなく、どちらかというと和菓子由来の控え目なまろやかさ。質感のある栗の渋皮煮はしっかりとした噛み応えがあり、それらを包み込むように白餡とココアペーストの上品な味わいが、口の中でゆっくりと広がり溶け合っていく感じ」
・・だろうか。いずれにせよ、素材の味を具体的かつ顕著に感じるあたり、製造工程で手を抜くことなく出自の明らかな食材を使用している証なのだと思われる。
そしてわたしは思った——要するに、美味いや不味いという感覚は「その味が好きかどうか」というだけで、客観的な判断基準ではない。だからこそ、提供された食事や商品を評価するならば、「ちゃんと作られている」とか「素材がしっかりしている」ということのほうが、よっぽど正確かつ信頼できる評価に値するのだ。
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というわけで、あんこを食べられるようになったわたしだが、だからといってあんこを好きになったわけではない。
しかしながら、これからも率先してあんこを手に取る所存である。なぜなら、今までの人生で触れてこなかった食材であり、むしろ毛嫌いしてきた可哀そうな存在なわけで、せっかく和解を果たしたのだから少しでも歩み寄る姿勢・・というか、誠意を示したいのだ。
我が人生の後半があんこまみれの幸せな時間となることを、あまり想像できないが、それでもちょっとだけ期待したいのである。




















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