寸でのところで生き延びた「Cリング」

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普段は、思考停止しているかの如くすぐに他人を頼るくせに、現実的に自分が頼られる立場となると、なぜか俄然張り切ってしまうのがヒトというもの。

そして今日、ピアノの師匠の元で稽古に励んだ後に、「ちょっと手伝ってもらいたいことがあるの・・」と言われたわたしは、稽古における失態を払拭するべく、喜び勇んでその申し出を受け入れた。

 

ちなみに、師匠が言う「手伝い」というのは、宅配業者によって運び込まれた「オフィスチェアの組み立て作業」だった。ヒト一人が隠れられそうなサイズの段ボール箱に、分解された油圧式のデスクチェアが収納されている——さすがに、これを組み立てるのはシニア世代には負担が大きい。

そんなわけで、取り柄といったらフィジカルの強さくらいしかないわたしは、さっそく各パーツを取り出すと一つずつ床へ並べていった——そう、こういう作業は段取りが重要なのだ。

 

某大手自動車メーカーでエンジニアとして働く友人が、「ボルトやワッシャーは視覚的に確認できるよう、バラした後も綺麗に並べておかなければならない」と言っていたのを思い出す。要するに、必要に応じてその都度容器から取り出すのではなく、まずは全ての部品をテーブルに並べて、個数や形状を確認した上で作業に取り掛かるのがプロの仕事・・ということなのだろう。

そんな「謎の職人気質」に包まれたわたしは、自分一人ならば決して組み立てることのないオフィスチェアと対峙すると、喜ぶ師匠の姿を想像しながら作業を開始したのである。

 

とはいえ、座面と背面そして軸となるシリンダーに脚のキャスターくらいしかパーツが存在しない椅子を完成させるのは、全くもって簡単なことだった。どうせならもっと複雑な作業が良かったが、そんな生意気なことを言う前にまずはこの椅子を完成させよう——と思った矢先、完成間際で物理的な障壁にぶつかった。

 

それは、椅子用キャスターを脚と合体させようとしたときに起きた。キャスターの軸に刻まれた溝にCリング(Cの形をした止め輪)がくっ付いており、それが邪魔で脚側の穴に入らないのだ。

(・・とりあえず軽く差し込んでおいて、上から座って重さで無理やり入れてやろうか)

などと強引な方法を考えるも、

(いやいや、他人様のものを力尽くでどうにかするのは危険すぎる・・)

と思いとどまるなど、正解が分からないため作業が一向に進まない。誰かに聞いてもいいが、勤務時間中であろうこの時間帯にすぐ返事をくれる者がいるだろうか——。

 

そこでわたしは、スマホでキャスター軸を撮影すると、ChatGPTに「この溝に付いている輪っかが邪魔で椅子が組み立てられないんだけど、これは外すものなの?」と尋ねてみた。さすがに無理かな・・と半信半疑で回答を待ったところ、なんと

「結論から言うと、その輪っか(溝にはまっている金属リング)は外すものではありません。外さないでください。」

と、まさかの厳しい口調でCリングの身の保全を言い渡された。どうやらこのリングは、受け穴内で広がることで「脱落防止」の役割を果たすのだそう。しかも、

「ほぼすべてのオフィスチェア用キャスターに標準で付いており、最初から付いたまま使うのが前提の部品です」

と、無知であることをチクチク刺される始末。

 

その上で、受け穴に入らない原因として考えられるのは——「力不足です」との、単純かつごもっともな指摘までされる羽目に。

Cリング付きのステム(軸)を差し込む際には、「かなり固く感じる」のが正常。そのため、体重をかけてグッと一気に押し込むか、ゴムハンマーで軽く叩くか、はたまた床に置いて真上から押すか・・いわば「強引に突破させるのが正解」とのこと。

(たしかに、受け穴を覗いてもなんら凹凸のないツルンとした筒であり、技巧的な対処が必要とは思えない。かくなるうえは力勝負・・というわけか)

 

というわけで、ここへきてようやく「わたし」という人材の価値が問われる瞬間を迎えた。

力の弱いお年寄りにとって、この作業こそが最難関といえる。しかも、組み立てマニュアルにはこのこと(差し込むには力が必要)が書かれていないため、慎重なタイプならばもはやお手上げ状態。

だがわたしには筋肉がある——そう、このステム(軸)を受け穴へ押し込むに足る、十分なパワーがあるのだ!!

 

こうしてわたしは、自慢の腕力を使ってキャスター軸を強引にはめ込んでいった。それを見た師匠は「わぁ!すごい力ね。私だけでは、とてもじゃないけど完成させられなかったわ」と、嬉しそうに微笑んでいた。

(ピアノのレッスンでは師匠を喜ばせることができないが、力仕事ならば可能というわけか・・)

 

 

普段は他人任せなわたしが、急に誰かから頼られたりすると自力では解決困難なので、AIのサポートを受けつつどうにか切り抜けるしかない。

加えて、願わくば「頼まれごとは頭脳系ではなく、フィジカル系であること」を切望するのであった。

 

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