落とし物から始まる恋

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知らぬ間に大切な何かを落とした場合、運が良ければ落とした場所にあるかもしれないが、それが価値のあるものだったり金目のものだったりすれば、数分後には姿を消しているだろう。

それでも、落とし物を見つけた人間が良心的であれば、しかるべきところへ届けてくれるはず。ビルや商業施設内であれば、管理人室や店員に、道路や公園ならば交番に届けるわけだ。そのため、落とした場所や時間が分かっていれば、拾得物保管所で愛する遺失物と感動の再開を果たせるのである。

だがそれが取るに足らない物だとしたら、誰もそれを拾うことはない。さらに落とし主も、いつどこでそれを落としたのか見当もつかない場合は、どこまで探しに戻ればいいのか分からず、結局のところあきらめるだろう。

 

失くしたことは悔しいが、さすがに探しに戻るほどのものでもないレベルを挙げるとすれば、リップクリームやジクアス(目薬)だろうか。「どこで失くしたんだ・・・」と考えたところで、候補地は浮かばない。かといって、来た道を戻るほど名残惜しいものでもない。

さらに「買い直せばふたたび同じものが手に入る」、という消耗品的な要素も後押しして、もったいないとは思うがあきらめざるを得ないのだ。

 

さすがにスマホやお気に入りのアクセサリーを落としたとなれば、血眼になって探し回るだろうが、代替品レベルのアイテムならば見捨てる可能性が高い。

そういう意味では、いま目の前に落ちたソレは買い直せばいいものだし、わざわざ落としたことを本人に告げる必要もない。こんなものはいくらでも買えるし、あえて落としたことを告げる必要はないと思うんだ。

だがコレは、女性にとっては大切なアイテムである。もしもこの先、あの女性が長時間のミーティングやイベントに参加するとしたら、そして、会場近くにコンビニがなかったとしたら、彼女は間違いなく困ることになる。

 

そして、コレを裸で持ち歩いているということは、今まさに「ど真ん中」である証拠だ。「念のため」レベルならばポーチのような袋に入れておくだろうし、そうでなくてもバッグの底のほうに入れておくだろう。

それがいとも簡単に、歩いている途中でポロっと落としたということは、バッグの上のほうに裸で入れておいたということだ。・・なぜか?答えは簡単だ。すぐに使用するつもりで、取り出しやすいところへそっと置いたからだ。

ならばコレは、買い直すことができる消耗品といえど、彼女にとっては緊急を要するアイテムということになる。それを分かっていて見過ごすようなこと、果たして許されるのだろうか――。

 

とある女性のバッグからポロっと落ちたのは、そう、生理用ナプキンだった。しかもサイズからして、量の多い日用のものだ。それをバッグの上のほうにポンと置いておくということは、まさにすぐに使うつもりでそうしたとしか思えない。でなければ、サイドポケットやバッグの底へ沈めておくはずだからだ。

生理用ナプキンを他人に見られて「なんとも思わない」という女性は少ないだろう。ましてや男性に見られるのは、本人も相手の男性もどこか気まずさを覚えるはず。

それなのにこのナプキンは、まるで誰の目にも映らないかのように、行き交う人々に踏まれたり蹴られたりしながら、何度も裏返ったり弾き飛ばされたりしている。あぁ、小さな子どもが思いっきり踏んづけたじゃないか・・・。

 

そんなわたしの呟きを、目の前にいた友人(男)が静かに聞いていた。そして覚悟を決めたかのように、

「オレ、届けてきますよ!」

と言いながら、ズタボロにされた生理用ナプキンを拾ったのだ。そして振り返ることなく颯爽と、落とし主の女性の元へと向かったのである。

 

まるで、白馬に乗った王子様にでもなったかのように、キリッとした顔つきで見知らぬ女性に生理用ナプキンを手渡す友人――。これがナプキンじゃなければ、新たなドラマが始まったかもしれないが、さすがに今回は何も起こらないだろう。

 

Illustrated by 希鳳

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