反逆のスイーツ

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わたしは、自他共に認める"さつまいも愛好家"である。とくに焼き芋が好物であり、調理器具の乏しいわが家に「焼き芋メーカー」が設置されているあたり、いかに焼き芋への執着が強いかを物語っている。

というわけで、焼き芋はデフォルトで好物なのは先に述べたとおりだが、スイートポテトというのも捨てがたい。なんせ、バターや生クリームを素材のまま食すことに極上の幸せを感じるわたしは、さつまいもにそれらの素材が練り込まれたスイートポテトを、大好物と呼ばない理由がないからだ。

 

ところが不思議なことに、スイートポテトと似たような食感の"モンブラン"は、あまり好きではない。どことなく「あんこ」の影が見え隠れするモンブランを、敵か味方か判断するのに未だ迷っている状態なのだ。

モンブランのレシピを調べても、そこに「小豆」や「あんこ」の文字はない。よって、間違いなくあんこの手下ではないのだが、それなのになぜ、あんなにもあんこの雰囲気を醸し出しているのだろうか。舌ざわりもあんこチックだが、やはり風味にあんこを連想させる「何か」が潜んでいる気がするのだ。

 

(スイートポテトだって、似たような素材で似たような舌ざわりと風味なのに、なにが違うというんだろう・・・)

 

さつまいもと栗、いずれもパサパサしつつもねっとりしていて、秋の味覚の代名詞といえる二大巨頭である。そして両者とも、焼いたり茹でたりした状態ならば非常に美味(びみ)で、いつまでも食べ続けられそうなほどわたしの食欲をかき立てる存在なのだ。

それなのに栗はなぜ、ちょっと姿形を変えただけで急にあんこっぽくなるのだろうか。むしろ「栗あん」の別名が「モンブラン」なのではなかろうかと、疑心暗鬼になってしまうわけで。

・・こうして、未だに"モンブラン恐怖症"から抜け出せずにいるわたしは、あんこの濡れ衣を着せられた哀れな洋菓子を、冷たい目で見降ろすのであった。

 

というわけで、栗がモンブランに変化すると手が出ないわけだが、さつまいもがスイートポテトに変身しても大好物なわけで、「きっと、さつまいもならばなんでも嬉しいんだ!」と勝手に決めつけていた矢先、まさかの事実を知ることとなった。

 

 

「さつまいも好きだったよね?」

そう言いながら、目の前に大量のさつまいもっぽい物体が置かれた。そのずっしりとした手ごたえは、生のさつまいも以上の重量を感じる——。

その「さつまいもっぽいもの」の正体は、干し芋だった。

 

確かにわたしは、焼き芋やふかし芋が大好きである。毎日食べても食べ飽きないくらいに、さつまいもを満喫する人生を送っているのだから間違いない。だがなぜか、干し芋にはまったく興味がない。これについて、自分でも理由が思いつかないのだが、とにかく干し芋をもらってもあまり嬉しくないのである。

モンブランのように、わたしの天敵である「あんこの仲間」っぽい雰囲気があるとか、それなりの理由があれば納得できるのだが、干し芋に関してはそれらの要素がまるでないのだから困る。

 

(ねちょねちょした歯ごたえが嫌なのか?・・いや、そんなことはない。ハイチュウやトフィーは好きだし、納豆やオクラのねばねばすら嫌悪感はない。さらに干し芋は、見ての通りさつまいもそのものであり、嫌いになる要素など皆無。にもかかわらずなせ・・・)

 

目の前に置かれた大量の干し芋を眺めながら、わたしはその後の処理に苦慮した。焼き芋ならば一気に3,4本は食べられるが、干し芋では一かけらが精一杯だろう。となると、この山積みになっている干し芋をどのように崩せばいいというのか。

さつまいもがわたしの大好物であることを知っている友人は、良かれと思って立派な干し芋をどっさり運んできてくれたのだ。それなのに、「干し芋はあまり好きじゃない」などと、口が裂けても言うことはできない。

 

「あー、なんか小腹空いたから弁当でも買ってこようかな」

(は??なにふざけたことぬかしてんだ?目の前に大量の食糧があるじゃないか!!)

 

「ほ、干し芋食べたら?」

「今はいらない」

「え?とりあえず干し芋食べなよ」

「やだよ。URABEにあげようと思って持ってきたんだから」

「大丈夫、遠慮せずに食べてよ!」

「断る。今は干し芋の気分じゃないから!」

 

(き、キッサマー!!!)

 

 

こうして、大量の干し芋は冷蔵庫で眠ることとなったのである。

 

llustrated by おおとりのぞみ

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