苔の生えた軽石・・いや、それは宇治抹茶マドレーヌ

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発明というのは、失敗から生まれる——という話を聞いたことがある。そしてわたしはいま、正にその「失敗」から驚きの発見を手に入れたのだ。

これはどこをどう見ても明らかに失敗だが、結果的に、失敗により欠点が補われたことで、見事な変貌を遂げたのである。

 

(今後は、マイクロウェーブの魔術師とでも名乗ろうか・・)

 

 

抹茶好きのわたしは、視界のどこかに「抹茶」という文字が入ると、無意識に手を伸ばしてしまう"呪い"がかけられている。

とはいえ、抹茶の商品にあんこや小豆が混入していたら渋々あきらめる・・という余地は残されているのだが。

 

そんなわたしは、たまたま通りかかったスーパーで「宇治抹茶マドレーヌ」という名の食べ物を発見した。無論、小豆やあんこに汚されていない、美しい状態の宇治抹茶である。

5個のマドレーヌが入った袋を手に取りレジへ向かい、店を出ると同時にすぐさま食いついたわたしは、あまりの不味さに絶句した。

(・・・ヤバい、めちゃくちゃ不味い)

 

一口だけ齧ったマドレーヌを、そそくさと袋の奥へ押し込みながら考えた。

——どうしよう。捨てるにしてもゴミ箱が見当たらないし、不味いとはいえ、痩せても枯れても大好物の抹茶である。さすがに捨てるという選択肢はダメだ。

とはいえ、このマドレーヌをもう一度食べる気には到底なれない。何をどうしてもこの味は改善されないだろうし、誰かにあげるにしても乱雑に開封してしまったせいで、いかにも「食べ残し」という感じがする。

やむをえない、緊急回避的に避難所で保管しておこう——。

 

こうしてわたしは、クソ不味い抹茶マドレーヌを、自宅に設置された業務用冷凍庫に放り込んだ。

凍らせることで味が変化するとは思えないが、有事の際の非常食として役に立つ可能性もある。さすがに食糧が無ければ、草や虫を食べてでも生き延びなければならず、そんな時に「不味い」などというわがままは通用しないわけで。

そんなありがたくない未来のために、しばらくの間ここで眠ってもらうことにしたのである。

 

 

腹が減ったわたしは、ガサゴソと業務用冷凍庫を漁った。デカい獲物は見当たらないが、食パン一枚やおにぎり一個など、ちょっとした食べ物が散らばっている。

(・・ん?これはなんだ)

その中から、やや大きめのお宝を発見した。そう、あの宇治抹茶マドレーヌだ。

 

あのとき、不味いと感じた一番の理由は「生臭さ」だった。なんというか、抹茶のすがすがしさは影を潜め、ねっとりとした動物性の生臭さがわたしの味覚と嗅覚を崩壊させたのだ。

そもそもマドレーヌなので、生地がしっとりしていることも相まって、なおさら不快な生臭さが生成されていた。あぁ、思い出すだけでも気分が悪い——。

 

(とりあえず、一度加熱してから捨てるとしよう)

なんとなくだが、解凍後に生臭さが漂ったら困る・・と考えたわたしは、電子レンジで加熱してから捨てることを思い立った。

正確には、ラストチャンスとして加熱後の宇治抹茶マドレーヌを味見して、それでもやはり救いの手を差し伸べることができないと判断したら、ゴミ箱へスルーパスしようと思ったのだ。

 

(カチコチに凍ってるから、3分くらいかな?)

適当に加熱して適当に味見して、あぁやっぱり不味かった・・で捨てるだけのこと。そんな軽い気持ちで、適当に3分加熱したマドレーヌを掴んだわたしは驚いた。

——水分が飛んで、カチコチに硬くなってる・・・。

 

凍っているほうがまだ柔らかいのではないか・・と思うほど、それは見事な硬度をみせる宇治抹茶マドレーヌ。たとえるならば——そう、軽石のような硬さである。

"深緑色の苔が生えた軽石"と化したマドレーヌは、もはやクッキー・・というより煎餅である。そんなマドレーヌに齧りついたわたしは、思わず咀嚼を止めた。

 

(・・・・・う、美味い)

 

予期せぬ事態に、さすがのわたしも絶句するしかなかった。あの生臭さは見事に消え去り、むしろ乾燥したことで茶葉の香りが口の中で広がっている。——これは正に、嬉しい大誤算だ。

 

パン類を電子レンジで加熱すると、とんでもない硬さに変化することがある。とくにベーグルを加熱したときの硬さといったら、釘が打てるほどカチンコチンになるから恐ろしい。

ところが、このマドレーヌは硬化して正解だった。生臭さが消えたこともそうだが、歯ごたえ的にもこのくらい「サブレっぽさ」があった方がいい。製造元はこの事実を知っているのだろうか・・いや、知る由もないか。

 

(今度は、別のマドレーヌをレンチンしてみよう。分厚いサブレになるかもしれない)

 

 

こうやって、失敗が大成功を生み出すことを、わたしは身をもって知ったのである。

 

llustrated by おおとりのぞみ

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