片想いの相手は・・値引きシール

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じつはここ最近、憂鬱な気分が続いている。誰のせいでもないし、もちろんわたし自身のせいでもない。ただただ、目に見えない大きな力に翻弄されているというか、どう粘っても覆らない現実を前に、愕然と跪(ひざまず)くしかないのである。

——あぁ、またか。また、40%引きのシールが貼られていない。

 

 

近頃、大好物のカットスイカに値引きシールが貼られない・・という事件が勃発している。あえて閉店ギリギリに滑り込み、あと2時間で廃棄処分となるような状況にもかかわらず、なぜか値引きシールを貼る様子がないのだ。

(いつもなら、もうとっくにシールが貼られている時間なのに、なぜここ最近は貼ってもらえないんだ・・・)

 

惣菜や寿司コーナーは連日、派手に値引き祭りが開催されているというのに、なぜかスイカコーナーだけその恩恵に与れない。

対するカットパイナップルは、しっかりと20パーセント引きが貼られているし、カットフルーツの盛り合わせも同様に値引きシールが貼られている。つまり、どう考えてもカットスイカだけが"除け者"にされているとしか思えないのだ。

 

——だって、見てごらんなさいよ。大量に売れ残っているカットスイカの山を!!!

 

パッと見で20個は残っている。そして現在時刻は21時55分、つまりあと5分で閉店となる。おまけに、このカットスイカの消費期限は本日だから、遅かれ早かれあと2時間で廃棄処分なのだ。

それなのに・・それなのになぜ、これほど山積みになっているカットスイカに値引きシールを貼らないのか、わたしにはまったく理解できない。

 

きっと、他の買い物客たちも「スイカは食べたいけど、値引きされてないからやめておこう」となっているに違いない。たしかに、一パック600円は決して安いとはいえない上に、大半が水分でできているスイカは、食べ始めたらあっという間に消えてしまう。

そんな想像をすると、思わず躊躇してしまう気持ちは分からなくもない。とはいえ、全身全霊でスイカを欲するわたしは、値引きシールがあろうがなかろうがカットスイカに手を伸ばすわけで、まさに"いいお客さん"である。

(・・クソッ、値引きされていたらこの倍は買えるのに)

 

どうせ廃棄処分ならば、いっそのことわたしに全て譲ってくれればいい。責任をもって消費期限内に消化する・・と約束する。

そんな叶わぬ夢を抱きながら、しぶしぶカットスイカを4個手に取るとレジへと向かった。

(カットスイカ4個で2,400円・・それが一瞬でなくなるのだから、パンやケーキを買ったほうが、まだ時間が稼げるってもんだ)

貧乏人の思考だが、どうせなら長時間味わえるもののほうが、カネを払った甲斐がある。それなのにスイカは、ものの数分でペロリと平らげてしまうわけで、時間に換算すると恐ろしく高級なフルーツといえる。

 

あぁ、昔はよかったな——。

少なくとも昨年は、カットスイカは毎晩のように値引きシールが貼られていた。だからこそわたしは閉店間際を狙って襲来し、ありったけのカットスイカを買い占めていたのだ。

なんせ、同じくらいの金額で7個も買えるのだから、これはもう滅茶苦茶お得である。そんな甘やかされ方をしてきたわたしにとって、今の状況はとてもじゃないが受け入れ難く、なによりも財布へのダメージが甚大。

 

(では、カットスイカを我慢するのか?)

自問自答するわたし。もしも明日、地球が滅亡したならば・・いや、もしも明日の朝、わたしが目覚めなかったとしたら、今ここでスイカをケチったことを悔やむだろう。

そんな最期を望むヤツなどいない。やはり「買わない」という選択肢は存在しないのだ。

 

(いや待てよ。もう一つ、とっておきの作戦がある・・・)

プライドもなにも持ち合わせていないわたしは、閉店作業を行っている店員の元へと駆け寄った。そして臆せずこう尋ねた。

「あのぉ、これに値引きシール貼ってもらえませんか?」

 

 

返事は聞くまでもなく「ノー」だった。

あっけなく敗れたわたしは、不貞腐れながらレジへ進んだのである。

 

Illustrated by 希鳳

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