——マズい・・いや、気まずい。
なぜこのようなドンピシャのタイミングで、われわれは集まってしまったのだろうか。しかも、しばらくの間はこの場にとどまらなければならないとあり、なんとも微妙な空気が漂っている。
ここがどこでわれわれが誰かというと、”ここ”はわたしが住むマンションの最上階すなわちわたしの部屋があるフロアで、”われわれ”は同じフロアに住む住人全員・・といっても三人だが、よりによってまったく同じタイミングで部屋を出てエレベーターホールに集合してしまったのだ。
おまけに、運悪くエレベーターは地上階へと降りている途中であり、ここまで戻って来るのに一定の時間が必要。もちろん、ボーっと待つくらいならば階段を使って降りればいいのだが、大きなゴミ袋を提げているわたしからすると、できればエレベーターに運んでもらいたいわけで・・。
微妙な苦笑いを浮かべる1号室の住人は、わたしが入居する前から住んでおり、この中では大御所的な存在の女性。当然ながら何度も顔を合わせたことがあり、挨拶を交わしたり軽く会話をしたりする仲なので、いざとなれば適当な話でこの場をやり過ごすことも可能。
しかしながら、今のわたしはハッキリ言って「最悪の格好」をしている。右手に巨大なゴミ袋、左手に大きな段ボールの束、両脇には空のペットボトルを挟んでおり、それだけでもホームレスっぽい雰囲気を醸し出しているにもかかわらず、ノーブラ・タンクトップ・ショートパンツで前髪をユニコーンように束ね、度の強い黒縁メガネをかけた姿は、控えめに言っても”完全なる不審者”である。
(うぅ、できれば話しかけないでもらいたい・・)
わたしがそう思うのも当然だろう。アレ?こんなヤバそうな奴だったっけ・・などと疑われでもすれば、今後の快適なマンションライフに暗雲が立ち込める。
しかも、3号室の住人は少し前に引っ越してきたばかりのため、しっかりと顔を合わせるのは今日が初めて。それなのに、よりによってこのような淫ら・・いや、乱れた身なりでは、第一印象が最悪なものになってしまうではないか。
(こうなったら忘れ物でもしたかのように、一度引っ込んでから出直すべきか?)
今の自分にどうしても自信が持てないわたしは、どうにかして部屋に戻れないものか・・と頭をフル回転させてみた。だが、どう考えても無理がある。いかんせん両手がゴミで塞がっており、それどころか両脇にまで物を詰め込んだ状態で、今さらなにを「忘れた」というのか。
しかも、この状態でドアを開けるのは至難の業。内側からは押し開けることができるが、外側からはレバーを引かなければならず、ゴミか段ボールを手放さなければ中へは入れない。
無論、そのくらいのことはやってもいいのだが、この異様な空気が流れる緊迫した状況下で、変に目立つ動きは取りたくない。なぜなら、今のわたしに注目が集まっても、一ミリの得もないどころか誤解を招く恐れがある分、損しかないわけで。
・・それにしても、一つだけ「よかった」と思えることがある。それは”ゴミの完璧さ”である。
半透明のゴミ袋の中には、水洗いされた綺麗なカラ容器が詰め込まれており、においの強いものや油汚れなどは洗剤を使って落としてある。おまけに、生ゴミは業務用冷凍庫でカチコチに凍らせておいたので、フレッシュな状態で収められているし、紙やチラシなどは細かくちぎるか小さく丸めてあるため、もはや原型をとどめていない。
こんな完璧なゴミであれば、袋を開封して中身を見られても恥ずかしくないどころか、誇らしい気分に浸れるだろう。要するに、問題はゴミの主である”わたしの身なり”なのだ。なぜもっとまともな格好を・・せめてブラジャーくらいは、いや前髪を縛っていなければ、いやいやメガネじゃなければ——。
・・などと悶々としながらも、外出着に身を包むきちんとした二人に囲まれつつ、なすすべもなくエレベーターを待つわたしはこう思った。まるで公開処刑じゃないか——と。
時間にして2分程度のわずかなひとときだったが、「違う!!本当のわたしはこんなんじゃない!」と叫びたい気持ちを堪え、誰とも目を合わせることも会話をすることもなく、地獄のような冷たい静寂に晒される・・これはまさに現代版の拷問である。
そんな苦い経験を生かすとすれば、「もしも次回があるならば、たかがゴミ捨てと侮ることなく、コンタクトレンズと一張羅(いっちょうら)のお召し物かつブラジャー着用で玄関を出る」ということを徹底するくらいだろうか。
それにしても、この惨めな瞬間を取り消すこともやり直すこともできない現実に、ギリギリと奥歯を軋ませながら密かに悔しがるしかない、なんとも哀れなわたしなのであった。
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