睡眠羽布団を覚える

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人間というものは、生涯の三分の一を寝て過ごす。

そう、普段あまり意識することはないが、我々は睡眠なしでは生きられない。覚醒時の過ごし方ばかりにこだわる傾向にあるが、実は睡眠の質にこだわることで、よりハイパフォーマンスな活動が期待できると考えられる。

 

そりゃそうだ、楽器だって車だってメンテナンス次第では長生きもするし早死にもする。日常生活においても、靴や服を毎日着用し続けると劣化を早める。革や繊維は熱に弱いため、酷使すると型崩れや摩擦により寿命を縮めるからだ。

モノがこうなのにヒトがそうでないわけがない。ヒトだって休息が重要であり、睡眠によって脳の整理や臓器の修復が行われる。だがヒトは愚かゆえ、目に見えるものや己が感じることしか信じないし気にしない。よって、眠っているときに自分に何が起きているのかなど、知る由もない。

 

ところがわたしは違う。覚醒時のパフォーマンスにこだわるわたしは、以前から睡眠にこだわってきた。

 

たとえばマットレスについて。数年前にわたしは高級マットレスを5回払いで購入した。実際に何十台ものマットレスへ横になり、飛び跳ね、どれがしっくりくるのかを試した上で選び抜いた逸品である。

ヒトは重力に逆らえない、ということはヒトの下敷きになるものが重要となる。靴だってインソールが重要だし、椅子の硬さや形状によっては腰痛の原因となる。人生の三分の一を寝て過ごす人間にとって、ベッドのマットレスにこだわらずして何にこだわるというのだ。

一日の疲れを癒すべく、そして明日への活力をチャージすべく、わたしは毎晩この高級マットレスで睡眠の質を保ってきた。

 

さらに枕だ。評判のいいものからオーダーメイドまで、およそ20個を使い分けるこだわりを持つ。

たとえば横向きに寝る枕は、横を向いたときに肩へ負担がかからないように、ある程度の高さと硬さがある。そして首をすっぽり包んでくれるくぼみがあるため、上を向こうが横を向こうが首への負担が少ない。

 

王道の「仰向け枕」は、幅広でなだらかな傾斜を保ち、枕の根元は肩甲骨にまでおよぶ。よく「タオルをクルクル巻いた程度の高さがベスト」といわれるが、それを再現したかのような形状だ。

たしかに枕が硬かったり高さがあったりすると、朝起きたときに寝違えたかのような痛みを覚えることがある。だがこの枕ならばそういった不安とは一切おさらばできる。

 

このように「完璧で最高の睡眠環境」を整えているわたしだが、唯一失念していた寝具がある。それは、掛け布団だ。

重力により人間と接するマットレスや枕が重要な意味を持つことはすでに説明した通り。よって、上に掛ける布団などどうでもいいと考えていた。

事実、ニトリの毛布一枚で冬も夏も過ごしてきたわけで、とくに不便も不自由も感じなかった。とはいえ不満はあった。冬は寒いのでダウンやフリースを重ね着してベッドに入るし、夏は毛布を丸めた「のり巻き」を腹の上に横たえて寝ていた。つまり自分が着る衣服の量で、寒さ暑さを調整してきたのだ。

 

それが先日、

「だまされたと思って、いい羽布団を買ってみてよ」

と友人にそそのかされた。なーにが羽布団だ。あんなもの夏になれば邪魔で仕方ない。ミニマリストのわたしは「使わずに存在する物」を憎むゆえ、一年中使える物にしか興味がないのだ。すると友人が、

「あたしは夏でも羽布団だよ、エアコン効かせて」

と驚きの発言をした。

 

(・・・羽布団は夏でも使えるのか?)

 

しかも彼女の布団は10万円を超える高級品らしく、それゆえ夏場もエアコンとの相性がいいのかもしれない。すると別の友人が、

「じつはアタシも10年以上、同じ羽布団つかってるんだ」

と恥ずかしそうに語る。どうやら高級羽布団は何十年でも使えるらしい。長い目でみればお買い得だし、高品質な物は人体にも好影響をもたらす(URABE調べ)。

 

というわけで「ここはいっちょだまされてやろう」と、人生初の羽布団を購入したのであった。

 

そして昨日、米俵ほどの荷物が届いた。布団といえば創業455年、老舗の代表「西川」だろう。どうせだまされるならば本物で勝負するのが筋、というわけで西川の羽布団を買ったのだ。

言っておくが、羽布団を生まれて初めて見たわけではない。実家では羽布団を使っていたし、珍しくもなんともない。ただ、こんな高い金を出してまで布団を買う人の気持ちが分からないだけで。

 

――翌朝。

 

なんと、布団がちゃんとわたしの上に乗っかっているではないか!!普段ならば、寝返りや暑さから布団を蹴り飛ばして床に落とし、そのうち寒くなってガタガタ震えながら拾い上げるのがルーティンだったのに、この羽布団はしっかりとわたしの上に覆いかぶさっている。

さらになんだこのフィット感は!フワフワ飛んでいきそうな柔らかさのホワイトグースの羽から、目に見えない静かな圧を感じる。数値的に重いのではなく、包み込むような、あるいはまとわりつくようなプレッシャーを放っているのだ。

しかも体感として、暑さも寒さも寝苦しさも何も感じない。エアリーで快適なこの状態はいったいどういうことだ?

 

――あぁ、わたしはなぜ今まで羽布団をつかわなかったのだろうか。睡眠にこだわり、マットレスと枕には惜しみもなく財を投じてきたにもかかわらず、なぜ掛布団の存在を失念していたのだろうか。

 

フワフワの羽布団に潜り込み、もう一眠りしておこう。

 

サムネイル by 希鳳

 

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