引っ込みがつかない状態

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普段は気に留めることなく無駄遣いをしているが、いざ不調や不具合が生じると途端に毎日が憂鬱になる人体の器官・・といえば「歯」だろう。

エナメル質・象牙質・セメント質という強固な組織から成る歯は、ヒトの体内で最も硬くて丈夫な部位であるが、ひとたび虫歯や外傷で歯髄(神経)を刺激すると、昼夜問わず襲いくる鈍痛に加えて咀嚼の都度走る激痛により、食欲は萎えメンタルは衰弱する。

 

そして、歯科医や美容整形医からも一目置かれるわたしの咬筋は、己の臼歯をも破壊する威力を持つのだが、最新の歯根破折はちょうど一週間前のこと

(あれからもう一週間が経過するのか・・)

気分はまるで天へ召される寸前の老婆である。それでも気持ちを奮い立たせて、人生を締めくくるカーテンコールを必死に演じる道化師のように、楽しくものない毎日を空元気で過ごすのであった。

 

やはり、ヒトにとって「食べる」という行為は活力を生み出す源といえる。唯一、体内へ取り込んでエネルギーへと変換できるのが食糧であり、燃料がなければ火が点かないのと同じで、食べ物や飲み物を摂取しなければ心身ともに衰えるのだ。

——などというとまるで飲み食いできいな状態に聞こえるが、実際のところちゃんと食事はしているし、相変わらずコーヒーを一日2リットルは飲んでいる。ただ、真っ二つに割れた歯へセメントを流し込む前・・ということもあり、なるべく歯に負担をかけないよう心掛けているため、咀嚼は「ゆっくりかつ弱い力で回数を増やす」という配慮をしていた。

しかもダイエット中ということもあり、食事は野菜をレンチンした「馬のエサ」なので当然ながら柔らかい。なんなら、数回の咀嚼で溶けてなくなるほどの噛み応えなので、それはそれはまったくもって「食べた気にならない」のである。

 

このような事情からも、「食欲こそ生き甲斐」というわたしにとって非常につまらない日々が続いているわけだが、それなりに驚きや発見があったのも事実。

たとえば、「馬のエサ」を加熱するべくレンジへ入れて10分経ったので扉を開けたところ、なにか様子がおかしい——と思ったら、選択するべきボタンが「レンジ」ではなく「オーブン」を押していたようで、野菜が十分に加熱されていなかったことがある。

だが、驚くべきはそこではない。なんと、容器を包むラップが溶けていないどころか、10分前と寸分違わぬ状態でシレっと貼りついていたのだ。さすがにオーブンで10分も加熱すれば、ラップだって溶けるだろう・・と軽く考えていたわたしは、まさかの耐久性というか”クレラップの根性”に驚愕したのである。

 

あとは、大量に送られてきた「文旦(ぶんたん)」を満喫した後に、その皮をレンジ庫内に並べて「オーブン」と「トースター」の機能を駆使しして攻撃を続けると、入庫前とは比べ物にならないほど小さく縮むのだが、そこへ(これまた頂き物の)ハチミツをかけて放置すると、味も見た目も微妙なスイーツが完成するのだ。

本来ならば「熱湯でゆでこぼしてアク抜きをする」とネットには書いてあるが、「ゆでこぼす」の意味が分からない以前に、コンロを使用するという行為はわたしには不可能なので、それらを端折ってダイレクトに加熱してみたところ、苦くて硬いのに甘ったるい・・本当に「微妙な食べ物」が完成したのである。

 

 

このように、ダイエットのせいで食材が絞られていることや、歯が折れて大変であることから、「食に関する楽しみ」がほぼ消失したわたしなのだが、じつは伝えておかなければならない重大なお知らせがある。

 

そもそも、ダイエットのきっかけは「下っ腹が出ていてみっともない。これは腫瘍か内臓脂肪のせいに違いない!」という自己判断から始まったもの。そのため、食事管理を徹底することでポッコリお腹が引っ込めば内臓脂肪だし、相変わらず突出していれば腫瘍ということで原因を特定できる——と考えたのだ。

そんなわたしを気遣う形成外科医(過去には救急外来や内科の経験もある)の友人が、ある日わたしの下腹部を触診してくれた。息を吐いたり力を抜いたり——重苦しい緊張感が漂い、なんともいえない沈黙の時が過ぎる。

そして最後に、「じゃあ、腹筋に力を入れてみて」という合図を受けて、わたしは下腹部に意識を集中させてフンっと力を込めた、その瞬間・・・

「あ、これは筋肉ですね」

友人はアッサリと言い放ったのだ。

 

無論、エコー検査や細胞生検をしたわけではないので断定はできないが、おそらく下腹部に大きな腫瘍があるわけでもなければ、分厚い内臓脂肪がまとわりついているわけでもない。要するに、わたしの下腹部が突出している理由は、ただ単に腹直筋や腹斜筋が発達しているから——という説が濃厚となった瞬間だった。

 

それではなぜ、食事制限などという人生をつまらなくさせる行為を未だに続けているのかというと——もはや、引くに引けない状況だからである。

あれほど息巻いて「内臓脂肪を落とす!」といって始めたレコーディングダイエット。周囲の人間は、誰もが「多分、内臓脂肪ではないと思うよ」と冷ややかな目で見守ってくれたり、「先に病院で検査すればいい」と真っ当な意見をくれたり、わたしの不安(むしろ意欲に近い)とは異なる反応だったわけで、それを今さら「はい、あなた方の言うとおり、筋肉のせいで下腹部が突出していました!」などとは、口が裂けても言えないではないか。

 

(これこそが、自業自得ってやつなのか)

 

——こうして、今日もまた無駄にメンタルをすり減らす一日が始まるのであった。

 

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