テレビを見ない私が、かつて毎回欠かさず視聴していた番組がある。
フジテレビ系列で、深夜不定期に放送されていた、
「THEわれめDEポン」
という、麻雀の芸能界ナンバーワンを決めるバラエティ番組だ。
大学時代に雀荘でバイトをしていた私は、この番組からたくさんのヒントや学びを得た。
言わずもがな、「われポン」の影響力は麻雀愛好家ならば誰でも分かるだろう。
さらにはバイト中の勤務態度にも影響を及ぼすテレビ番組だった。
*
ある日の深夜、雀荘の真ん中に置かれたテレビから「われポン」のスタートが告げられた。
メンツはお馴染みの萩原聖人や蛭子能収、加賀まりこ、坂上忍、爆笑問題の田中など、見ごたえ抜群の人選。
ワクワクしながらレジ前に椅子を引っ張り出し、テレビを見ようとした途端、
「すいませーん、カップラーメン3つお願いしまーす」
客から夜食の注文が入った。
私は声の主をにらみながら、
「いま忙しいから、キリのいい所まで待って!」
と叫んだ。
「はぁ?」
怪訝そうな顔をする客は、舌打ちしながらこちらへ歩いてくる。
そして私の視線の先のテレビを見る。
「あ、今日われポンなんだ」
そう言うと、立ったままテレビの方を向いた。
数分後、
「お!張った」
「お!高目(たかめ)テンパイ!」
我々は同時に叫んだ。
これは爆笑問題の田中が高い点数の役を揃え、あと一つで上がれるところまでたどり着いた時のこと。
ーーリーチ
親で4家、残り順の少ない田中は即リーチ。
「ロン」
すでにリーチをしていた加賀まりこが、一発で振り込んでしまった。
しかも裏ドラも乗って親バイ(親の倍満、24,000点)。
私と客はガッチリ握手を交わす。
「じゃ、ラーメン作るね。味どうする?」
「あ、シーフードで」
カップラーメンのお湯を沸かし始めるまでに要した時間はおよそ20分。
それでも客は怒らないどころか、私と固い握手まで交わした。
そう、これこそが「われポンマジック」だ。
深夜、雀荘にいてわれポンが始まったら、客は自らの手を止め、いそいそとテレビを覗きに来る。
トイレ待ちの時間は必ず、われポンを見る。
そして見逃せない局面だったりすると、トイレも忘れて食い入るように次のツモに注目する。
「すみませーん」
坂上忍がなかなかの手を育てている最中、無神経な客が私を呼ぶ。
チッと思いながら振り向いた瞬間、
「うるせーんだよ!今いいとこだから待っとけ!」
学年が上であろう先輩が、声をかけた客に向かって怒鳴りつけた。
客は「ハイ」と小さく返事をし、卓へ向き直る。
ここでもまた、われポンの凄さが現れた。
経済的にも影響力をみせるわれポン。
我が雀荘のオーナーは、麻雀卓をすべて「マツオカ」の卓に入れ替えた。
それまでは「カキヌマ」だったが、気づくと全卓「われポン仕様」に。
あの番組が麻雀業界を支配したと言っても過言ではないだろう。
*
ここは私学の雄・早稲田大学につながる大隈商店街の一角にある雀荘。
偏差値の高い猛者どもが集う場所のはずだが、われポンの裏で「朝まで生テレビ」をやっているからといって、討論番組に変えてくれなどという殊勝な学生は皆無。
思うに、政治というものはテレビ局や国会のテーブル上で行うものではない。
どこぞの検事長のように、麻雀卓を囲んで相手の人間性や素性を本能的に確認しながら進めるのが、政治だろう。
「机上の空論」という言葉はあるが「卓上の空論」はない。
麻雀卓の上でなら何にだってなれる。
どんなことでもできる。
そして結果として確実に跳ね返ってくる。
これこそがリアルな人生であり、社会であり、政治であり、我々が人間である証。
そうだ、政治家でわれポンをやったらいい。
どれだけ根回しが上手いのか、先が読めるのか、相手の懐に飛び込めるのか、ブラフが通じるのか、一目瞭然だろう。
むしろ私は、黒川元検事長の腕前が気になる。
Illustrated by 希鳳
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