日本の「漢字」というものは見た目に味がある。その証拠に、外国人が意味も分からず漢字をタトゥーで入れたがる。
どこかの国ですれ違った強面のお兄さんの背中には、でっかく「冷蔵庫」と記されていたし、金髪美女のお尻には「箪笥(たんす)」とあった。
アメリカの友人は太ももに「七転八倒」と入れていた。理由を聞くと「何度でも起き上がれるように」とのこと。それは「七転八起」だろう。
わざとかもしれないが、柔術家のスネに「柔道」と書かれていたのはご愛嬌。
そして元格闘家のゲーリー・グッドリッジは、意味をちゃんと理解した上で、左腕に「剛力」と刻んでいた。
このように見た目がすでに芸術である漢字。
友人はこの漢字をバラすのが得意で、「へん」と「つくり」をそれぞれ単体の漢字で表す。
たとえば「核爆弾」は「木亥 火暴 弓単」、「絶対」は「糸色 文寸」といった具合に。
友人自身の名字も見事にばらせるあたり、その星の元に生まれたといえる。そう、彼の場合「木毎 里予」とばらせてしまうのだ。
そんな木毎里予にわたしの某友人の話をする。古風な顔立ちでいかにも日本男児の友人は、名前も複雑で厳(いか)つい。
「どんな顔なの?」
木毎里予が問う。わたしはその友人のLINEアイコンをスクショして、木毎里予へ送る。
「凛々しいな。でも誰かに似てる」
しばらくして一言、
「横粂だ」
横粂とは、元政治家で弁護士の横粂勝仁氏のこと。黒髪に太い眉毛、歯並びの良さなどたしかに友人と似ている。
「今どきの顔」ではないが、いつの時代も万人受けする「いい男」といった顔立ち。
そこへ木毎里予がボソッと、
「横粂の粂って、逆 木毎里予だな」
とつぶやいた。
言われてみればその通りだ。梅野を「木毎里予」とばらした逆で、久と米を合体させたのが「粂」だ。
「くめ」と入力すると「久米」も「粂」も出てくる。どちらが先にできた漢字なのだろうか。
「木黄久米」
おお。ちょっと違うが、ある意味ばらされた。
「木黄 粂」
ばらしてギュッと固めた感じがする。もはやこれがおかしいとは思えない。こういう漢字があったとしても違和感はない。
そうなると、
「横 粂」
本家であるこの二文字が、なんとも嘘くさい事態に。じっと見つめていると、本来正しいはずの漢字が胡散臭く見えてくる。
そもそも「横」という文字は、短足で太った鬼がこん棒を持って立っているよう見える。
さらに「粂」など、真ん中分けのオタクが梅干しを食べてすっぱくなった口を表すイラストにしか見えない。
これらの漢字の成り立ちは、いったいどのような状況から生まれたのだろうかーー。
*
彫り師のスズちゃんに「今までのオーダーでいちばん変な漢字ってなんだった?」と聞いてみる。すると、
「魑魅魍魎。画数やばかった」
たしかに、これは彫る側が大変な漢字だろう。しかしこれだけごちゃごちゃした漢字が4つ並ぶと、それなりに圧巻。
もう一人の彫り師の友人、モーにも聞いてみる。
「変な漢字やないけど『安』を入れてくれって言われたことはある」
どうやらその外国人は、安心や平安、大安など「良い意味を表す漢字」として「安」を選んだ様子。
しかし見た目に似合わず気が利くモーは、
「女の子やったし、安い女って思われたらかわいそうやから、チープって意味もあるんやでって教えてやったら辞めたわ」
と、「安」を彫ることに一考を投じたのだそう。
日本人ですら意味が微妙な漢字は多いなか、外国人が選ぶとなれば意味より先に「見た目重視」となってもおかしくはない。
そこへ来て、見過ごされそうな意味まで教えてあげるあたり、彫り師の鏡といえる。
ちなみにモーが見てきた中で最も面白い漢字タトゥーはというと、
「葬儀屋」
だそう。たしかに見た目も意味もインパクトがある。
ーーそれにしてもブラジルで見たあのタトゥー。
日本人ですら普段あまりお目にかかることのない漢字だが、なぜアレを選んだのだろう。やはり見た目がカッコよかったからだろうか。
「鼠径部(そけいぶ)」
Illustrated by 希鳳
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