所持金0円の彫り師が10億円を動かすフィクサーになるまで

Pocket

 

人間には2種類の「優秀」がいる。

一つはいわゆる優秀な人間、リーガリストとでも言おうか。学歴、職歴、人間性、どれをとっても完璧で素晴らしいタイプ。

もう一つが、アウトローでありながらも優秀さの塊でできている人間。学歴、職歴について特筆すべき点はないが、人間性と人間力にずば抜けているタイプ。

 

そして私は、ことあるごとに後者の人間に驚かされ、己の未熟さを痛感する。

 

 

友人の名は、モー・サイマイ(仮名)。モーは中学校を卒業したのだろうか、定かではない。職業は、あえて言うなら「彫り師」、英語で言うと「タトゥーアーティスト」。私の友人のなかでも群を抜いて賢い男だ。

モーの過去はロクでもない。その昔はアタリ屋をして暮らしていた。

 

「場所は一時停止の十字路がベスト。オレは自転車で相手は車、自転車の後輪をうまく車のフロントに引っかけて転ぶんだ」

 

一時停止を無視、あるいは減速するも停止しなかった車両に対して敢行するらしい。そして後輪を引っかけるほうが、失敗しても大怪我につながらないとのこと。

 

「待機してた仲間が駆け寄り『大丈夫ですか?』と派手にやる」

 

ここで大騒ぎすることがポイント。モーは転倒する覚悟で路上に出ているため、実際は受け身を取るなりなんなりでそこまで痛くないらしい。こんな入念な計画的犯行の餌食にされたんじゃ、運転手も哀れだが仕方ない。

 

そんなモーはある時、あまりに当たりすぎたせいで警察から、

「またキミ?わざとやってるよね?」

と核心を突く質問をされた。普通ならばここでたじろぐところ、モーは平然とこう言ってのけた。

 

「僕、ものすごく運が悪いんです」

 

警察もそれ以上は追及しなかったそうだ。

 

 

サーフィンがしたいと思ったモーは、オーストラリアへ渡った。観光ビザで入国したにも関わらず、現地で大金を稼いで豪遊していた。その財源となったのが「タトゥーを彫ること」だった。

 

現地で彫り師と友達になり、実際に彫ってもらったモー。見ているうちに自分でもできそうだと感じ、彫り師からタトゥーマシンを奪いトライした。

(オレでもいけるな)

そう確信したモーは、中古のマシンを格安で譲り受け、翌日から海辺で商売を始めた。

 

ーーこれが伝説の彫り師の誕生となったのだ

 

海辺に集まるサーファー相手に、毎日せっせとタトゥーを彫る日々。もとから絵心のあるモーの評判はすぐさま広がり、地元で人気のジャパニーズ・タトゥーアーティストになった。

 

観光ビザのため、ビザが切れそうになると一時帰国し、再びオーストラリアへ出稼ぎに戻る生活を繰り返した。

3年ほどオーストラリアを満喫し、サーフィンのテクニックとタトゥーのスキルを身に着けたモーは、活動拠点をフィリピンへと移した。物価も安く発展途上のフィリピンはモーにとったらドル箱の国。ここで財を築き上げることにしたのだ。

 

 

モーは自ら彫り師をしながら、タトゥー機材の通信販売を始めた。マシン、インク、痛み止めなどをアメリカや中国から安く仕入れ、日本へネット販売で売りさばく。

当時、日本国内で質の良いタトゥー機材を手に入れることは困難だったため、瞬く間にモーの商売は繁盛した。

 

フィリピンで商売を始めたことについて、

「オレみたいなハンパもんは日本では成功しない。でもこの国でなら金持ちになれる。東南アジアで事業する日本人は、オレから言わせれば負け犬。日本で勝負できないからこっちへ逃げてきてる」

そう冷静に話すモーは、控えめに見ても完璧な青年実業家だった。

 

 

フィリピンで遊びつくしたモーは日本へ帰ってきた。帰国前にフィリピン人の配偶者をつくり、フィリピンでの永住権も獲得するぬかりなさ。

 

これには裏がある。フィリピンでカネを動かすにあたり、配偶者がフィリピン人だったり、自らが永住者だったりするほうが、なにかと都合がいいのだ。

たしかに日本でも、金融機関の口座開設はなかなかの手間がかかるわけで、個人でビジネスを展開するにあたり、必要な準備といえる。

 

そこから2年がたったある日、税務署からモーに呼び出しがかかった。

 

「ここ数年で10億円が移動している、調べさせてほしい」

 

とうとう年貢の納め時か、と私が諦めていたところ、モーはここでも平然としていた。

 

「全部、妻(フィリピン人)がやったことなので、僕はなにも知りません」

 

このための準備だったのかーー

 

先見の明がある、とは正に彼のような人間を指すのだろう。大事(おおごと)になりそうな事案に対して、周到に予防線を張っておく。その嗅覚と手法に、私は度肝を抜かれた。

 

国税とのやり取りを聞くと、どうやら国税もおかしなことを言っている。

 

「口座から1億円が引き出され、別の口座へ1億円が移動した。つまり合計2億円の現金が動いている」

 

(え?それは実質1億円じゃないの?)

 

そんなこんなで、フィリピン人妻が勝手にやったことゆえモーは関与していない、ということで調査終了。

 

 

モーは影で人助けもする。借金が返せず困っている人間に、高金利で現金を貸している。場合によっては億単位で現金が動く。

 

銀行もマチキンも貸してくれないような人間に、命の次に大切な金を貸すんだぞ、しかも即日。利息が高いのは当たり前だ」

 

たしかに筋は通っている。金融機関から融資を受けると、審査やらなんやらで数か月かかる。ましてや金額が大きい場合、担保や保証人でてこずる場合もある。

とくに公共事業の場合、途中で倒れられたら困るのは「国」のほうだ。モーがやったことは、回りまわって日本を助けたことになる。

 

「今日さえしのげれば、お金は返せます」

 

その言葉のとおり、1億を貸した翌日に1億1千万円をきっちり返した客がいる。担保は広大な土地と建物だったらしい。

しかしモーは笑いながらこう言う。

 

「飛んでくれたら1億1千万円以上になったんだけどな」

 

まぁ、たしかに。しかし、まっとうな人間とは約束を果たすものなのだろう。

モーが繋いだ1億円のおかげで、とある大規模事業は継続している。モーがかかわったことなど誰も知らない。あの「繋ぎ」がなかったとしたら、多くの人が路頭にまよい、国の責任問題にかかわる事態に発展していた可能性すらある。

 

ーー正義とは、なんなんだろう。

 

 

モーを見ていると、人間の賢さ・優秀さは本質的な部分にあることを思い知らされる。仮に無人島で一人取り残されても、紛争地域で敵地に置いていかれても、モーならば見事に生き延び帰還するだろう。

 

モーの優れた能力を日本がうまく使いこなせれば、世界と対等に戦えるアグレッシブな国になれる。そしてモーのような異色の才能を持つ人間は、日本の教育制度下でたくさん埋もれているはず。

 

私の周りには、本当に優秀な人間がたくさんいる。

 

Illustrated by 希鳳

 

Pocket