美意識高い風

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こういう場合、なんて言ってとりつくろえばいいのだろうーー。

そう思いながら固まる瞬間を、誰もが一度は経験しているはず。ましてや相手が先輩やお偉いさんの場合、失礼な発言をしたことで取り返しのつかない事態に陥る可能性もある。

 

ふと思い出したのは、クライアントである某社長とウェブミーティングをしたときのことだ。

社長は自宅の書斎からウェブに繋いで参加していた。聞くところによると、ご自宅は15年ほど前に建てた立派な豪邸とのこと。以前、社長自ら嬉しそうにそう話してくれたのだ。

 

室内をあまり写さないよう、社長本人の上半身と背景の窓、そしてわずかに床が写る程度の画角でカメラがセットされている。

時間帯が夜だったこともあり、窓を覆うカーテンに目がいった。

 

わたしは、

「素敵なカーテンですね、アンティークな雰囲気で」

本音ともお世辞ともつかない社交辞令を述べる。

「そうかい?こんなの大したことないよ」

言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を見せる社長。しばし、カーテンの模様についてウンチクを語ってもらう。

話を変えたいわたしは、ふと目に留まった「床の模様」について触れた。

 

「社長のお部屋は床が大理石なんですか?すごいですね!」

すると社長は、

「ん?どこが大理石なんだ?」

と怪訝そうに答える。

「え?そのグレーの床、石かなにかでできているんじゃないんですか?」

しばらく床を見つめる社長。そして一言、

「絨毯(じゅうたん)なんだけど」

 

その瞬間、わたしはなにかとんでもない過ちを犯した気分になった。

べつに絨毯が悪いわけではない。しかし、よりによって絨毯のような「繊維でできたもの」と、大理石のような「硬い鉱物」を間違えるとは、なんともバツが悪い。

そしてその絨毯とやらは、仰々しいデザインが施されているわけでもなく、たんなる「灰色のカーペット」なのだ。そこにちょっと黒っぽい模様か何かが入っているだけの。

 

これがまだ「ペルシャ絨毯」ならば話は別だ。

ーーどのくらいのノット数なんですか?産地はどちらですか?ウールですか、シルクですか?

社長が喜ぶような話へ膨らませることができる。だが残念ながら、どこをどうみてもペルシャ絨毯ではない、ごく一般的な「室内カーペット」の類(たぐい)だ。

 

そこへボソッと、

「椅子のローラーでホコリが練り込まれたのかな。あとコーヒーこぼしたりするから、その汚れかな」

寂しげに呟く社長。

 

ーー絨毯のあの黒っぽいやつは、模様ではなく汚れだったのか。これは完全にやらかしたぞ。

 

この後の展開としては、

「そうなんですか?画面越しには大理石にしか見えませんよ」

で押し通すか、平謝りするかの二択だろう。

しかし繊維でできたカーペットを、高級な鉱物でできたフロアだと褒めることが、果たして正しいのだろうか。褒められた側は嬉しいのだろうか。

 

たとえば透明なゼリーを見て、

「すばらしいダイヤモンドですね!」
と言われて誰が喜ぶだろう。むしろゼリーで悪かったね、とふてくされるに違いない。

 

念のため何度も画面を見直すが、こちらからはどう見ても「大理石の床」にしか見えない。

社長はインテリで美意識の高い男ゆえ、自宅の書斎が大理石であってもなんら不思議はない。むしろ、そういうバイアスがかかっていたのかもしれないーー。

謝るにせよ続けるにせよ、行きつく先は地獄。ここはいっそのこと何もなかったテイで乗り切ろう。

 

「失礼しました。では本題に入りましょう」

 

 

大理石で思い出したが、友人のオフィスの壁には大理石とコンクリートの「クロス」が貼られている。コンクリートのクロスなど手触りがボコボコしていて、まるで本物のようだ。

それに比べて、我が家の壁は生粋のコンクリートでできている。ゴツゴツとした手触りも目の粗いベニヤ板の跡も、正真正銘の本物だ。

 

友人のオフィスは「コンクリート風」のため、過度な温度調節も除湿対策も不要。エアコンが心地よい風を送り出している。

しかし我が家の「コンクリート」は、夏暑く冬寒いうえに完全結露のオマケ付き。放っておけば床にカビが生える。

 

実際のところ、床も壁も「××風」のほうがお得なのかもしれない。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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