めまいを抑える画期的な方法

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朝起きて靴下を履こうと屈んだところ、めまいに襲われ顔面から床に叩きつけられた。

三点倒立のような格好のまま、わたしは考えた。

 

ーーこれは非常事態だ。

 

 

BPPV(良性発作性頭位めまい症)が起きたのはこれが二度目。前回はおよそ半年前、スパーリングの最中だった。濁流に飲まれるかのごとく激しいめまいに、正直、恐怖を感じた。

 

すぐさま済生会中央病院で検査するも、脳に異常は見られないため、BPPVの可能性が高いと診断される。

ちなみに治療法はなく、耳石(炭酸カルシウムの塊)が三半規管から出ていくのを待つのみ、とのこと。

 

あれから半年。またもやスパーリングの最中に二度目の濁流に襲われた

しかし二度目ともなればもうお手のもの。「お、キタキタ」と冷静にめまいを受けとめ、頭を静止させて凪ぐのを待つ。

 

こうして難を逃れたわけだが、あれから3日経ち、スパーリングどころか日常生活に支障が出ているではないか。

治療法がないにせよ、めまいを抑える薬や吐き気を抑える薬くらいは持っておくべきだろう。たとえお守り代わりだとしても。

 

わたしは早速、耳鼻咽喉科クリニックへ向かった。

 

 

ドクターの問診後、聴力検査に移る。

個室トイレよりも狭い検査室へ入り、ヘッドフォンをあてがわれる。「音が聞こえたらボタンを押してください」と言ってナースはドアを閉めた。

 

ーー外で話すドクターの声が聞こえてくる。ナースや患者の声も聞こえる。電子カルテに入力するタイピングの音もする。他にもいろんな音が聞こえてくる。

 

聴力検査と関係のない音にまでいちいち反応したせいか、苦笑いのナースが別のヘッドフォンを持って検査室のドアを開けた。

「逆の耳から雑音がするので、そうじゃない音が聞こえたらボタンを押してください」

右耳からウルサイ雑音が流れ、左耳からピーッという聴力検査の音が聞こえる。

ーーなるほど、これならば余計な会話は遮断される。

 

聴力検査を無事に済ませたわたしは、本丸となる「眼振検査」へと移る。

 

フレンツェル眼鏡という、海女さん御用達の水中メガネのような形をした、特殊な眼鏡を装着。そのまま仰向けに寝て、頭の位置を左右に動かすことで眼の揺れ(眼振)を観察。

眼振が現れる向きや角度、また「急激に動かす」など、いくつかの条件下で眼の揺れを確認する検査だが、どの角度でもめまいは一向に出現しない。

 

ーーさっきYouTubeで見た「めまい体操」のせいで、石がどこかへ行っちゃったのかも。

 

余計なことをするんじゃなかった、と後悔。

診察時に症状が出なければ元も子もない。いまこの時こそ「目が回るべき瞬間」なのに。

 

そこでわたしはドクターに提案した。

「後頭部の左側が床に着けば、めまいを起こせます」

「そうですか、ではやってみましょう」

床スレスレまで後頭部を下げ、壁を支えにバランスをとりながら必死に頭を振るわたし。

フレンツェル眼鏡を装着した状態で、ヘビメタファンのごとく頭を激しく振り続ける。

 

「ダメだ、石を動かせないや」

 

ヘビメタに疲れたわたしは動きを止め、フレンツェル眼鏡を外しながらドクターたちにそう告げる。

 

呆然とわたしを見つめる彼らの顔に、生気は見られなかった。

 

 

「めまいを抑える薬もあるんだけど、どうしようかな」

そう呟くドクターに向かって、「是非ともそれをお願いします」と、前のめりになるわたし。

 

そうだ。めまいと吐き気を抑える薬さえ手に入ればそれでいいのだーー。

 

興奮気味になったせいで暑くなり、パーカーの袖をまくり上げた、その時。

「格闘技とかされてます?」

(へ?)

「格闘家は圧倒的になるんですよ、とくに女性は」

 

元なでしこジャパンの澤穂希さんが公表したことで、一躍有名になったこの病気。格闘技やサッカーなど「頭部に衝撃」を受ける競技の選手に起こりやすいのだそう。

 

しかしながら今、なぜ急に「格闘技」という言葉が出てきたのだろうか。

たまたま着ているパーカーが「K太郎道場」のものだからだろうか。はたまた腕をまくった時に見えた複数のアザや傷、隆起した太い血管から判断したのだろうかーー。

そんなことを考えているうちに、ドクターは急にフランクな態度で話し始めた。

 

「これはねー、もう我慢するしかないね」

「え?薬は?」

「んー、あなたには効かないから意味がない」

「え??」

 

ーーどういうことだ。さっきまでの態度と、格闘技をやっていると分かってからの態度が、まるで違うじゃないか。

 

わたしは続けて質問する。

「練習は休んだほうがいいですよね?」

「いや、全然続けていいですよ。休んだって休まなくたって変わらないから」

 

電子カルテを入力しながら軽く流すドクター。

 

焦るわたしはさらに質問する。

「吐き気は?吐き気がするんですけど」

「いつか治まるから、それまで我慢だね」

 

・・・・。

納得のいかないわたしに、ドクターは決めゼリフを吐いた。

 

「ぐるぐるバットわかる?あれと同じだから。ぐるぐるバットしてめまい止め飲んだって、効かないでしょ?」

 

ーーなるほど、たしかにその通りだ。

妙に得心が行った。むしろ頭を振っているほうが、三半規管に迷い込んだ石が外へ放り出される確率が上がるので、オススメらしい。

 

 

先日、失神して頭から卒倒したとき、脳神経外科で軽くあしらわれた

「格闘技やってると、無意識に受け身をとるんですよ」

んなことあるかい、と無視をした。だが、あながち嘘ではないらしい。

 

そして今日、めまいがひどいからと訪れた耳鼻咽喉科で、またもや軽くあしらわれた。

「格闘技やってる人はこうなるから」

んなことあるかい!と、今回も思った。

 

ーーそこでわたしは考えた。

格闘技をしていると、病気や怪我が「大したことない」と結論付けられるわけだから、世の中の病んでいる人々こそ格闘技をするべきだ。

「病は気から」という。

わたしは今日、そんな「病気=弱気」を薬で和らげようと病院を訪れたわけだが、ドクターは一笑に付して「気にするな、我慢しろ」で終わらせた。

そしてわたしも、それに納得した。

 

ーーなんだこの安上がりで超健康的な治療法は。

 

 

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