ーー臨機応変かつ柔軟な対応
そう言ってもらいたい。
起きてしまったことはどうしようもないのだから、起きたことに対してどう対処するのかを優先した結果、臨機応変かつ柔軟に対応したと称賛されるべきだ。
というわけにもいかないか。
*
某国家試験前日ーー
思い返せば大して勉強をしてこなかった。
だが後悔はしていない。
それはなぜか。
「いつ死んでもいい、今日死んでも構わない」
私は人生を賭けた選択を日々繰り返してきたわけで、不勉強を悔やむくらいなら死んだ方がましだ。
そう強く自分に言い聞かせ、張りきって耳に鉛筆を挿した。
両耳から飛びでる鉛筆はまるでトマホーク(細長いミサイル)のよう。
なぜこの日のことを思い出したのかというと、一冊の本を読んだことがきっかけだった。
ボブ・グリーンの著書「CHEESEBURGERS(チーズバーガーズ)」は、複数のショートコラムからなる彼の傑作。
その一つ「大学進学適性試験」の章を読んでいると、試験前に鉛筆の話で盛り上がるシーンがある。
「(中略)ひとりが二本の鉛筆を見せていった。受験案内には、『二番の鉛筆二本と消ゴム』を持参するようにという指示があった。『うちの母親ってなんにもわかってないのよ。二本だけじゃなくて、もっと持ってったほうがいい、っていうの。一本が折れたらどうするのかって。わたしいってやったわよ。ママは鉛筆削りってものを知らないのって』
私はおどおどしながら自分のシャツの前ポケットに目をやった。そこには、五本とも折れてしまったときに備えて、六本の細く削った鉛筆が入っていた。」
これには笑った。
いるいる、こういうオッサンいるわ。
彼は胸ポケットに六本の鉛筆だが、私は両耳に二本の鉛筆を装備している。
私もその場にいれば笑われた口だろう。
とにかく前日から用意周到に鉛筆を耳に挿し、翌日の本番に備えた。
*
某国家試験当日ーー
試験会場である某大学のキャンパスに着く。
遅刻はしていない、むしろギリギリ間に合っている。
教室に入ると私以外はほぼ全員そろっており、参考書や過去問題に目を通している。
(ダルいな)
他人が努力する姿を見るのが大嫌いな私は、彼らを小バカにするようにため息をつき、自分の机へ着席した。
そして受験票と鉛筆を机に並べ・・・
(あれ?)
受験票はある。
忘れないようにポケットに突っ込んできたから間違いなくある。
しかし、鉛筆がない。
昨日から両耳に装備していたはずの鉛筆が、見当たらない。
今朝、自宅を出たときは耳にちゃんと挿さっていたのに、どこで落としたんだ。
まさかの試験前に万事休すーー
回りを見渡すも一心不乱に最後の詰め込み作業をしている。
さすがに声はかけられまい。
試験監督官から鉛筆を借りて変に目を付けられては困る。
(そうだ、あれしかない)
とっさに席を立つと、私は校舎の裏口へ向かいダッシュした。
ーーあそこには鉛筆があるはず
そんな場所を私は知っていた。
息を切らしてたどり着いたのは業者の搬入口。
校舎内への入退室時刻を記入するため、鉛筆とノートが設置されていることを思い出したのだ。
読みどおり、そこには名簿と鉛筆がキチンと置いてある。
すぐさま鉛筆に手を伸ばし、自分の名前と現在時刻を記入。
そして窓口の奥で腕を組んで寝ている守衛に声をかける。
「かならず返すので、この鉛筆貸してください」
守衛は驚き、腕をほどくも返事がない。
「ちゃんと名前も時間も書いたし、試験終わったら返しに来るから!」
そう吐き捨てると鉛筆を奪い、私はその場を走り去った。
*
結論からいうと、無事受験できた。
だが、恐怖の連続だったことは伝えておきたい。
まず、鉛筆のお尻に付いている消しゴムが古くて(硬くて)、字を消せなかった。
試験開始後すぐに、答案用紙のすみっこに鉛筆で線を引き消してみる。
消えるどころか黒色を塗りたくってしまい、答案用紙が汚れた。
(ワンチャンスということか)
マークシートを一度塗りつぶしたら、二度と書き直すことができないことを知る。
さらに恐ろしいのは鉛筆だ。
どうやら芯が折れている。
幸いなことに深い部分で折れているため、根元をしっかり抑えていればマークシートは塗れる。
親指と人差し指の爪が中まで黒鉛で汚れたが、この芯が終われば私の試験も終わってしまうわけで、試験に集中するどころか芯の延命に注力するハメになった。
私は、その時点における私のすべてを捧げベストを尽くす戦い、いや、試験に挑めたことを誇りに思う。
Illustrated by 希鳳
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