のどちんこの上着

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ーーわたしは今日、死を覚悟した。

 

ごく普通の生活を送る中で、急に「死」を意識したことはあるだろうか。ましてや、自分自身に襲いかかろうとする「リアルな死」というものを。

 

人類へ警告する。

たとえ葉っぱ一枚でも侮ることなかれ。そんな薄っぺらい植物の残骸ですら、人を死に追いやる可能性を秘めていることを、忘れてはならない。

 

 

わたしは今、大好きなキンパ(김밥/韓国風のり巻き)をほおばっている。得意のウーバーイーツで届けられた、恵比寿にある韓国料理屋のキンパだ。

見た目は日本の「太巻き」とそう違わないが、キンパには韓国料理を凝縮した美味さがある。巻かれているノリが韓国ノリで、ごま油など垂らしてあればなお最高だ。

 

満足げにキンパをもしゃもしゃと平らげる。最後の一口を飲み込んだあと、のどの奥に何か貼りついたままの感触が残っていたが、あまり気にせずチヂミを口へと運ぶ。

どれも美味い。さすが韓国料理、ハズレなし。

チヂミも完食すると、最後にキムチでお口直しをする。漬けたてのキムチはニラと白菜がシャキシャキしており、水キムチのような軽やかな歯ごたえ。辛さと対になったみずみずしさが、口の中とのどを爽やかにさらう。

 

実のところ、ラスト一つまみのキムチを噛みながら、わたしは極度の不安を感じていた。

食塊をのどへ送り込むうちに「この不安」は解消されるもの、と決め込んでいたのだが、いつまでたっても消えるどころか、ハッキリとした恐怖となって襲いかかってくる。

ーー落ち着け、問題ない。

ゴックン。祈りながらキムチを飲み込んだ瞬間、心拍数が急上昇した。

ーーダメだ、変わりないじゃないか!!

冷蔵庫を開けると1リットルの豆乳を取り出す。キャップを外し直に口をつけ、ゴクゴクと流し込む。ついでに豆乳でうがいをしてみる。いろいろな飲み方を試すも、動悸が止まらない。

 

ーーヤバい、死ぬのかもしれない。

 

この時わたしは、ハッキリと確実に「死」を意識した。つい数分前まで、何の変哲もない普通の食事をとっていただけの、極々一般的な小市民のわたしに対して、突如、死の恐怖は訪れた。

動悸は激しさを増し、息苦しさとともに涙が溢れる。

 

一体、なにがわたしに起きているのかというと、口蓋垂(こうがいすい)、いわゆる「のどちんこ」に何かが貼りついて息ができないのだ。

正確に言うと、息はできる。だが呼吸ができなくなりそうな恐怖と危機感で、気が動転していた。

 

では何が貼りついているのかといえば、そう、レタスだ。

あのキンパの具として巻かれていた小さなレタスの破片が、そっくりそのままのどちんこを包むかのように纏(まと)わりついているのだ。

 

最初は恐怖というより違和感でしかなかった。だってよくある話だろう、ノリやネギが貼りつくことなど。

だからこそわたしは、チヂミを丸ごと食べたのだ。ある程度の大きさの食塊を流し込むことで、のどちんこに貼りついたレタスも拭い去ってくれると考えたからだ。しかし失敗に終わった。

そして白菜キムチで再チャレンジするも、失敗。

最後に豆乳を流し込むも、レタスに何ら影響を与えることはなかった。

 

半べそをかきながら鏡の前で大口を開ける。

「あーーー」と声を出しながら自分ののどちんこを凝視する。しかし驚くことに、正面から見るとなにも付着していない。スマホのライトを照らしながらさらによく観察。

するとのどちんこの裏側から、深緑色の葉っぱがチラっと顔を覗かせているのを発見した。つまり、レタスがのどちんこを背後からかピタッと包(くる)んでいるのだ。

まるで「レタス」という上着をはおっているかのように。

 

これは厄介だ。目に見える部分ならば何かで突いて剥がしたり、もしくは米やパンなど体積の大きい食塊を丸のみすることで剥がしたり、いくつか方法は考えられる。

だがレタスは裏側にいる。前方からどんな作戦で向かおうが、まったく通用しない場所に潜んでいる。

 

ーー終わった。

 

どうせ一人身だし、わたしが死んだところで誰も困らない。こんなことで救急車を呼ぶのもバカバカしい。息ができるうちは空気を存分に吸い込んでおこう。あぁいい人生だったな。

 

さめざめと泣いてみるも、いつまでたっても辛うじて呼吸はできる。おかしいなと思い、ネットで咽頭から食道にかけての構造を調べた。

すると、わたしの想像している状況では窒息死しない、ということが分かった。

 

仮に、のどちんこをレタスで覆ったとしても、鼻から入った空気は咽頭を通り、気管から気管支、そして肺へと送り込まれる。

もしのどちんこが舌根に横たわり、咽頭を塞ぐほど腫れあがっていれば息もできないだろう。だがそれはレタスのせいではない、のどちんこ自体の問題だ。

 

いずれにせよ、鏡で確認しても咽頭後壁(のどの突き当り)がハッキリと見えるほど空間は確保されており、とても窒息するとは思えない。

ーーなんだ、全然死なないじゃんこんなの・・

 

ちょっと恥ずかしくなったわたしは、ササッとデスクに向かい仕事を始めた。

もし間違って死んだとしても、仕事をしながら死んだほうが発見された時にカッコいい。そうだ、とりあえず全力で仕事をしよう。その結果、レタスで窒息死したとしても悔いはない。だってキンパは美味しかったし、出来る限りの対処法は試したんだからーー。

 

そう言い聞かせながら、違和感のあるのどちんこを自力で動かすうちに、5分ほどでスルリとレタスがのどの奥へと消えていった。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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