ぶらり途中下車できない旅

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新幹線に乗車して真っ先に思うことは、事故の心配だ。といっても線路への置き石や自然災害ではなく、たとえば新幹線から目視できる範囲内に近隣国からミサイルを撃ち込まれた際、

「この新幹線は進むのだろうか、それとも急停車するのだろうか」

という心配だ。進行方向ではなく横や後方にミサイルが着弾した場合、

「頼むから全速力で離れてくれ!」

と運転手に懇願するだろう。しかしマニュアルに従えば、緊急事態や有事の際は停車するのが筋。そうなると我々乗客は何らかのダメージを負う可能性がある。ましてやそれが、エヴァンゲリオンの使徒のような地球外生命体の場合、近距離に留まるということはすなわち「死」を意味する。

 

なぜこのような非日常的な災害の心配をするのかというと、新幹線が走るのは山間部や農地、あるいは市街地でも低層住宅が連なる長閑(のどか)な地域が多い。そのため、見晴らしのよい大地を遠くまで見渡した結果、平和をつん裂くような架空の不安をあおられるのだ。

車窓にうつる真っ暗な街並みと夜空を眺めながら、ありもしない危険な妄想に緊張していると、窓の一部が真っ赤に燃えていることに気づく。

――まさか、地球外生命体が火を放ったとでも?

妄想にしてはハッキリと、いやクッキリと燃えるような夕日が見える。そんなはずはない、なぜなら見渡すかぎり真っ暗な関東平野なのだから。それにしては薄く広がる雲の形や夕日のまだら模様がリアルすぎる。わたしの想像力が豊かだとはいえ、これはあまりに出来過ぎだ。

 

妄想を断ち切るかのように逆側の窓をみると、あと少しで沈みきるであろう夕日が、鮮やかな朱色を振りまいていた。

(あぁ、反射してたのか)

一瞬とはいえ、何らかの事件性に胸をときめかせてしまったことを恥ずかしく思う。

 

 

新幹線でのミサイルや使徒以外の心配事といえば、トイレに行っている間の盗難だ。車内に偶然乗り合わせた乗客すべてを、わたしは疑っている。

もしもわたしがトイレに立った隙にコーヒーや弁当が盗まれた場合、紛れもなく犯人は車内にいる。その犯人を確実に捕まえるためにも、

「新幹線が駅を発車した直後以外は、席を立たない」

と決めている。

 

仮に、停車駅に近づいた時点で盗難事件が発生した場合、犯人は次の駅で下車する可能性が高い。このような逆ニアミスを防ぐためにも、席を立つのは発車直後と決めているわけだ。

 

ある時、わたしの車両に多くの乗客が乗っていた。これはすなわち容疑者が多いことを意味する。そこでわたしは離席中の弁当を監視するために、スマホのインカメラで動画撮影をすることを思い立った。

弁当の奥にスマホを設置した状態なので、窃盗犯は、

「お、美味そうな弁当がある!」

と喜んだのもつかの間、

「やべぇ!オレが映ってる」

となり、犯罪を未然に防ぐことができる。やはり「自分が勝手に撮影されている」という脅威は、抑止力という点でも効果てきめんだろう。

 

しかし、このような方法で自らの弁当や荷物を監視している乗客を、わたし以外に見たことがない。なぜ無防備な状態で席を立つことができるのか不思議でしかたないが、これはひとえに日本人がお人よしだからなのか、はたまた密室盗難事件は解決できると高をくくっているからなのか、いずれにせよどうも解せない。

 

 

山手線のように停車駅の間隔が短い場合、犯人の逃走は簡単だろう。だが新幹線のように次の駅まで距離がある場合、犯人の逃走も難しい代わりに善良な市民が犯罪に巻き込まれる確率も上がる。なんせ、お互いに逃げられない状況にいるのだから。

 

当然ながら殺傷事件を起こされても困るが、猛毒ガスを撒かれたりするとそれこそ地獄だ。飛行機のように酸素マスクが垂れ下がってくることもなく、見渡す限りで役に立ちそうなアイテムは、荷物棚にあるブランケットのみ。もしあれが取り合いになれば、流血必須の乱闘を免れない。

そもそも、まともじゃない人間がこの車両に乗っていない保証などないわけで、だったら万が一のためにもあのブランケットを確保しておくことが、身を守る第一歩につながるかもしれない。よし、一つ隠し持っておくか――。

 

他の乗客に悟られないようにそっと腰を上げると、ブランケット目指して歩き出そうとした途端、荷物棚の真下に座っていた男がムクッと立ち上がりブランケットに手を伸ばした。

(しまった!!!)

まさかこんな身近にライバルがいたとは――。

 

男は知らんぷりで袋を破り捨てると、ブランケットをまとって寝はじめた。

(一酸化炭素でも充満すればいいのに)

なんてことは思わないが、苦虫を噛みつぶす思いで男を睨んでいるうちに、下車駅である長野に着いた。

 

サムネイル by 希鳳

 

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