演じ煙草

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タバコを吸う演技というのは、普段吸っている人と吸っていない人とで差が出るものだ。

 

実際に火をつけなくても、ライターからタバコへ火が移る瞬間が見える。吸い口を深く吸い込み、肺から一気に煙を吐き出すしぐさは、ニコチン依存症らしい気持ちのいい表情。

 

そんな迫真の演技を見せる唐島は、実際もヘビースモーカー。

奴と初めてスパーリングをした時、わたしが発した第一声は、

「タバコ吸ってる?」

だった。

 

吐く息が臭かったわけではない。唐島の道着がタバコ臭かったのだ。

煙というのは繊維の奥深くに染みこみ吸着する。そのため、長時間ニオイが付着してはなれない。

唐島は自宅で喫煙するのだろう。そのせいで干しっぱなしの道着に煙のニオイが染みこんだのだろう。

 

演技がリアルに見える瞬間というのは面白い。

逆に、演技で伝えようと努力する姿も美しい。

 

たとえば唐島にとって、火をつけないタバコを吸う演技は演技というよりリアル。まるで火をつけたかのように炎の出ないライターをカチッとし、火がつくタイミングでライターを離してポケットへしまう。

 

これは演じているというより、リアルを再現している。

 

逆に、タバコを吸ったことのない人がタバコを吸う演技をするとき、見よう見まねで演じるわけで難しい。

見よう見まねとリアルの再現は、見た目は似ているが実はまるで違う。

 

ーーライターをカチッとする。

そのカチッでさえ、たとえば風が吹いていたら逆の手で風を遮りながら着火する。何秒くらいでタバコに火がつくのかも、普段の喫煙のルーティンであり、長すぎず短すぎず最適な時間が存在する。

 

ーーニコチンを肺へと送り込む。

唇の先っぽで加える程度では、たっぷり吸い込むことはできない。吸い口をねっとりと挟み、深呼吸するようにゆっくりたっぷりニコチンを迎え入れる。タバコを唇からはなす時、「チャッ」と粘着質な音がすることもある。

 

ーー煙を吐き出す。

安堵のため息をつくように、しかし煙をしっかり吐ききれるように、力強く煙を吐く。口の中から前歯をなぞるように体外へと放出される煙は、有害物質とわかっていてもどこか愛着が湧く。そんなボケっとした表情とマヌケな口の形が残る。

 

ーータバコの灰を落とす。

3~4回吸うとタバコの先端に灰がたまる。放っておけば地面に落ちてしまうので、灰皿へと落とす。灰となった部分が長ければ、指で軽くトントンするだけでボロッと落ちるが、まだそこまでたまっていない時は、灰皿の縁にタバコを軽く打ちつけて灰を落とす。

 

ーータバコの火を消す。

吸い始めたばかりのタバコを消す時と、しっかり吸い切って短くなったタバコを消す時とで、タバコの長さが違うので消し方も変わる。タバコが長い場合は、先端の火を灰皿の底に軽くこすりつけながら消す。タバコが短い場合は、吸い口に近い部分を灰皿にギュッと押しつけて灰ごと火を消す。

 

文字にするとこんな感じだが、これを演技でやってみろと言われると、実際にタバコを吸ったことのある人とない人とでは差が出る。

吸ったことのない人がどう頑張っても、「まるでタバコを吸っているようだ!」とはならない。

 

そういう意味で、プロの役者はすごい。

タバコを吸ったことがあろうがなかろうが、吸っている風にしか見えない動作を再現するわけで。

 

ピアニストが登場する映画やドラマも大変だ。実際にピアノを弾いたことのある人からすると、

「これは実際には弾いてないな」

と一発でわかる演技がほとんど。だが中にはまるで本人が弾いているかのような動き、表情を見せる演者もいる。

 

その道のプロというのは、素人には到底たどり着けない境地にいるものなのだ。

 

 

と、ここで気が付いた。

わたしは唐島を褒めようと思っていた。唐島の迫真の演技を褒めるつもりで、キーボードを叩き続けた。

だが、ここまで書いて気が付いた。

 

(奴はヘビースモーカーだ)

 

そうだ。絶賛すべき喫煙の演技は、演技というより日常の喫煙動作を再現しただけで、さほど演技力が必要なものではなかったのだ。

 

「タバコ吸う演技、うまいねー」

 

唐島にそう言いかけて、あわてて口をつぐんだ。

 

 

Illustrated by 希鳳

 

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