野生を忘れぬDNA

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実家には乙(おつ)という名のフレンチブルドッグがいる。

久しぶりに会う乙はピンク色のジャージ素材の服を着せられ、同じくピンク色の布団が敷かれた寝床で、派手ないびきをかいて寝ている。まるで女の子がほしかった両親が、息子に女装をさせているかのような違和感だ。

 

そういえば乙は、いつも「くん」付けで呼ばれる。だれも「ちゃん」を使おうとはしない。飼い主であるわたしは、散歩の途中で

「乙くん、こんにちは!」

と声をかけられると毎回ムッとする。あえて女の子らしい服やリードを装着しているにもかかわらず、なぜ「くん」と呼ぶのか不思議でしかたない。これが人間の子どもならばどう見たって「ちゃん」だろうに。

ましてや今どき、女性を男性と間違えたりしたらフェミニスト団体が放っておくまい。このあたり、男女平等だの多様性だのと声高に叫ぶわりには矛盾していると感じるのは、わたしだけだろうか。

 

とにかく乙はれっきとした女の子だ。面構えはオッサンでいびきも豪快、女らしい要素はどこにもないのだが、それでも生物学的には雌である。そんなボーイッシュな乙は昨日も今日もほとんど寝ている。

たまに起きたかと思うと、コタツでくつろぐわたしの膝によじ登ってはすぐさまいびきをかきはじめる。無理矢理起こすと、真っ赤な目で恨めしそうにこちらをにらむ始末。これを見たわたしは、父親に尋ねる。

「なんで犬は、一日の半分以上も寝るのかね」

すると彼はこう答えた。

「野生の名残りだろう」

その昔、犬が野生動物として生きていた頃は、肉食動物に捕食されないためにも浅い眠りを繰り返していたのだそう。その名残りで未だに睡眠時間がダラダラと長いのではないか、ということらしい。

 

(野生・・・?)

 

コタツに頭を突っ込み尻が丸見えの状態で、ブーブーといびきをかいている乙を見下ろす。――笑わせるな。このブタのような愛玩動物のどこに野生が残っているというのだ!

 

とはいえ、父の説はあながち間違ってはいないようだ。いぬのきもちWEB MAGAZINEによると、

「(中略)人がレム睡眠 25%、ノンレム睡眠 75%という割合で眠るのに対し、犬はレム睡眠 80%、ノンレム睡眠 20%とされ、その睡眠バランスは“真逆”であると考えられています。」

とのこと。レム睡眠は脳が半分起きているため、鮮明な夢を見るなど浅い睡眠状態を指す。逆にノンレム睡眠では脳も体も眠っており、疲労回復のための深い睡眠状態を指す。

 

そして犬の睡眠の8割がレム睡眠である理由として、

「野生時代の犬は寝ている時に外敵に襲われる危険があったため、すぐに起きて自分の身を守れるように眠りが浅かったのではないか」

とされている。その上で総睡眠時間を確保し体力の回復を図るためにも、平均睡眠時間が人よりも長いのではないかと考えられているのだ。さらに別の研究では、

「夜間の8時間について、犬は16分の短い眠りと5分の覚醒を繰り返している」

という結果が出たのだそう。つまり犬は、睡眠時間が長い割には全然眠れていないのだ。

 

ついでに動物の睡眠時間について調べていると、ワシントン大学が調査した興味深いデータを発見した。なんと、草食動物は相対的に睡眠時間がめちゃくちゃ短いのだ。例えばウマで2.9時間、ウシで3.9時間、キリンなど1.9時間しか寝ていない。

これについて、創業455年を迎えた老舗布団ブランド・西川は、

「草食動物のエサである草は低カロリーのためたくさん食べる必要があり、食べることに長い時間をとられるため、睡眠時間が短くなっているんだそう。また、肉食動物に襲われないためという理由もあるようです。(原文ママ)」

とコメントしている。逆に、トラやライオンといった肉食動物は15時間近く寝ているわけで、彼らは高たんぱくの食事をとるため消化に時間がかかることや、外敵から襲われにくい種類の動物であることなどから、長時間の睡眠を確保できるのだと考えられる。

 

わたしは再び、爆睡する乙を見つめる。「頭隠して尻隠さず」を徹底する乙は、まさに外敵など存在しないことを本能的に知っているのだろう。

野生の名残り云々により、そのほとんどがレム睡眠のため睡眠時間が長いのだ!と力説されたところで、このありさまじゃ信憑性に欠ける。

 

栄養満点の食事を与えられ、適度な運動をこなし、あとは室内でぬくぬくしていればいいだけのフレンチブルドッグ。あとどれほどの月日が流れたら、彼らの睡眠時間に変化が起きるのだろうか。

 

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